旅路の仲間 第四話
あくる日、俺は新規にチームを立ち上げる準備に取り掛かった。
女神は「こっちはもう大丈夫だからー。たぶん」と不安になるような連絡を一言だけよこしてきたので、こちらでの準備を整えることになった。チームを立ち上げる際には例によって例のごとく、書類がいる。それも専用の書類なので職業会館の受付まで取りに行かなければならなかった。だが、レアにそこへは近づくなと念を押されていたので、要件を話すと用紙を持ってきてくれた。
オープンしたてのウミツバメ亭のテーブルはきれいで、どこかの小姑が指ではつっても何もつかないほどにほこり一つなく、曇り空から指す薄い正午前の日光を反射させている。その光の中に一枚の紙がすっと差し出された。
「新規チーム結成申請書です。どうぞ」
向かいに座るレアの差し出した紙は久しぶりに見る。B5くらいの大きさで、書式は一切変わっていなさそうだ。以前も一度書いたことがある。フロイデンベルクアカデミアの一件のあと、シバサキに遭遇する前までのわずかな間だが組んでいたチームを申請したときだ。
「イズミさんは一回書いたから大丈夫ですよね。わからなかったらまた聞いてください」
彼女はコーヒーカップにミルクを溢れんばかりにたくさん注ぎ、角砂糖を三個入れた。
「たぶん大丈夫。みんなのサインはパーティーの時にもらうよ」
書類を鞄にしまおうとすると、レアは、あっ、とつぶやき何かを思い出したようだ。マドラーがわりのスプーンの動きを止めてソーサーに静かに戻した。そして膝の上に手を置いた。
「あの、イズミさん、私パーティーに参加できなくなってしまったんですよ」
「えー、そりゃ残念。もう連絡はしたの?」
「それはもう大丈夫です。その時のサインがちょーっと厳しいかと思うので、ここで先に書いちゃいたいです。いいですか?」
構わないと、しまいかけた書類を渡すと彼女はさらさらと名前を書き込み、終わると目で追いかけ確認をしている。
「なんで出られなくなっちゃったの?」
「本部から緊急で招集がかかっちゃいまして……、ちょっと、まぁ色々と……」
コーヒーに口をつけている彼女は眉をしかめている。
何についての緊急招集なのか、あまりいいたくないのだろう。漏らせば彼女の立場も危うくなるような機密事項もあるだろうから、根掘り葉掘り聞いて気まずそうに応えさせるのは気が引ける。俺は、ふぅ~ん、と話を終わらせた。
「そのかわり、食材をかなり安く手配しましたよ。それにしても、カトウさんひどいんですよ。なんか下りてきたー! とか急に気合の入った連絡をしてきて、変わった食材を急に要求してきたんですよ。何するつもりなんでしょうかね?」
「何をするつもりなんだろうなぁ……、全く」
それがジビエ料理と知るのは当日のことだ。カトウの料理は何が出てきても間違いなくおいしいので、そのときにはまだどんな料理が出るかわからなくても、食べることができないレアは少し可哀そうだと思った。
それから少しだけこれからの方針の話をした。シバサキ合流前のやり方を踏襲していくのでこれといっても何も変わらない。しかし、依頼の話になるとどうも話が進め辛いような気がした。言葉を注意深く聞くと、彼女は職業会館という言葉を『依頼を受けるところ』といったほかの言葉に置き換えることで、それを避けながら話しているのに気が付いた。少し意地が悪いが、俺はあえてその単語を使ってみた。
「そういやなんで職業会館に行っちゃダメなのさ?」
すると彼女は口をへの字に曲げて少し警戒するように店内を見回すと小さく手招きをした。そこへ身を乗り出して顔を近づけると、彼女はこそこそ話し始めた。
「この間の演説ですよ。言える限りで言いますが、あなたはもはや扇動者です。同調者も日に日に増えてきています。今はこれだけです」
レアに心臓を掴まれたかのように、どきりとした。やはりこの間の演説は何かを動かしてしまったようだ。彼女の受けた本部からの緊急の呼び出しももしかしたら、と勘繰ってしまった。これは、ふらふらと何も考えずに職業会館へと行くわけにはいかない。遭遇するのが同調者だけならいいが、扇動者と言われている以上、快く思わない連中もいるはずだ。それどころか、街で冒険者と顔を合わせることすら回避しなくてならない。だから必然的に冒険者の集まるあの広場周辺も近づかないほうがいいだろう。
それ以降、俺もその言葉を避けるようにした。
しばらくして、彼女のほとんど牛乳のコーヒーが無くなりアルエットがお替りはどうかと聞いてきたが、それを断るとレアは荷物をまとめ始めた。
「イズミさん、そろそろ私は行きますね。また何か必要になったら連絡してください。くれぐれも行っちゃだめですよ。それからお二人によろしくお願いします」
「わかった。また連絡するよ」
レアを見送った後、店に残って申請書の書けるところは書いてしまおうとペンを探したが、あいにくポケットには入っていなかった。アルエットやカトウに借りるのも図々しいような気がして、一旦は家に戻ることにした。ウミツバメ亭での会計を済ませて家路についた。
その道すがら、俺は赤黒いコートを着た女性に出会った。ノルデンヴィズもいよいよこれから夏だというのに真冬のような分厚い格好と、雪のような白と青に近いエメラルドという珍しく、そして麗しい色合いの髪は、遠くからでもよく目立った。向かいから近づいてくる季節外れのその人を良く知っている。
下を見ながら歩いていた彼女は無表情だが、どこか元気がないように見えたのが気になり、声をかけることにした。
近くまで来たので名前を呼ぶと、涼しげな色の髪は揺れた。そして見開かれた黄色の目は俺を見上げた。どうやら俺のことにはとんと気づいていなかったようだ。
シバサキのチームが解散してからこれまで何をしていたのだろうか。そして、これからもどうするのだろうか、彼女にも生活があるはずだ。
「久しぶり。ククーシュカ。元気してた?」
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