スプートニクの帰路 第八十二話
二人は自分の意思でセシリアを俺に誘拐させたが、こうして尾けているのはルスラニア王国の軍人としてだろう。
「隠れるつもりないだろ。元気か?」
「お陰様で。元気かなんざ白々しいねェ。見てたんだからお互い知ってンだろ」
ストレルカが腕を組むと鼻から息を吐き出した。
「ああ、そうだな。お前らがストスリアのカフェでこんなでっかいパフェ食って、領収書も上様でしっかり貰ってたのまで知ってるさ。
お前らがガツガツ食い始めるからセシリアも食べたいとか言い出したんだぞ」
両手で三十センチほどの高さを示してやった。結局、アレは彼女一人で食べきれるわけもなく、生クリームしか残っていない半分以上は俺の腹に収めることになった。
すると二人はへっへっへと笑い出し、ベルカが「ありゃ落ちなかったよ」と右手を振った。
「メシは……まぁ、食えてそうだな。北公のカネで追跡してるのか?」
「尾行、いや、追跡か。まあそうだな。オレらはそのために移動魔法のマジックアイテムを特別に貸し出されたんだぜ。商会も知らない北公の隠し財産だぜ?」
手首を胸の前に出し、マジックアイテムを見せびらかすようにくるくると外転させた。
トリケトラといくつもの紐を結んだような細かい装飾が施され、錫の鈍く白い輝きを放つ腕輪だ。模様の隙間は黒ずんでいるので、かなりの年代物だろう。
「マジックアイテムがあっても居場所が分からなかったら意味ないだろ。しかし、俺たちの居場所が次から次によく分かるな。何処行っても見切れてたじゃないか」
「お前らの行動はわかりやすいンだよ。移動魔法でどこ行くか、だいたい見当が付けられる。
アタシらも昔あちこちふらふら旅してたのが役に立ったぜ。人間の世界じゃァ行けねェところがほとんどねェんだ」
ストレルカが自慢げに顎を上げている。
この二人はヒミンビョルグの回帰不能線を越えて、秘密の山小屋まで容赦なく踏破するようなヤツらなのだ。
行き先が分かる上に、移動魔法が使えれば俺たちを尾行するなど容易いのだ。
「クソ。素人に逃走は無理だったか」
諦め半分の悪態にストレルカが「アタシらを撒くなんざ、半殺しにでもしなければできっこないよ」と頷いた。
それに続いてベルカも「家族水入らずをコソコソ尾け回して悪かったな」と頭を掻いた。
「お前ら本当に尾けてるだけなのか? ただの追跡に超貴重な移動魔法のマジックアイテムなんか貸し付けないだろ。
女王様もそれを攫った犯罪者の俺たちも連れ帰るんなら殴ってでもして、とっくに取り返してただろ。
なんでこそこそ尾けてるだけなんだよ?」
ストレルカが驚いたように「オメェ、何も知らねェのか?」と眉を上げた。
「しゃぁねぇよ。こいつら、情報遮断してたじゃねぇか」とベルカがストレルカに言うと、彼女は納得したように小刻みに頷いた。
「知らねぇなら教えてやるよ。実は、そこな我らの大事なお姫様は、もう正式にルスラニアの女王様じゃねぇ」
セシリアはただの女の子に戻れたのだ。それを聞いて少し安心してしまった。
 




