スプートニクの帰路 第七十七話
それから俺とアニエスは交代で移動魔法を使い、追跡を逃れる為に各地を転々とした後、最終的にヒミンビョルグの山小屋にたどり着いた。
ノルデンヴィズではただの強い雨でも、さすがは人を寄せ付けない万年雪の山だ。山小屋付近は季節の流れを無視したような強烈な吹雪になっていたのだ。これなら二、三日は北公さえも踏み込んでくるのは不可能だろう。
ベルカとストレルカが移動魔法でくるかもしれないが、北公のマジックアイテムはカルルさんが直接管理していて簡単に持ち出しは出来ない。
昔なら力尽くでぶんどっていたかもしれないが、今はそのようなことはしない。
それにあいつらならどうせ俺たちがここに向かうことなど分かっているはずだ。のらりくらりとかわし続けて、ここに来るのを遅れさせてくれるだろう。
逃げ出したときのワクワクと五メートル先の視界も遮るような猛吹雪に大興奮して大はしゃぎのセシリアは、熱などすっかり下がっていた。
だが、身体は大雨で濡れ鼠だ。風邪など引いてしまえば今度こそ本当に動けなくなってしまう。山小屋に駆け込んで水で重たくなったコートを脱ぎ捨てた。
長い間使っていなかった山小屋は窓も凍るほどに冷えていたが、執拗なまでに頑丈に作り直したので外の猛吹雪など音も聞こえないほどに遮ってくれた。
杖をふるって照明をつけると、真っ暗な部屋の中が暖色に灯っていき、セシリアの笑顔をオレンジに染めていった。
アニエスに彼女を預けて、俺は部屋を暖める準備にかかった。薪ストーブに多めに薪を入れてすぐに燃えるように魔法で強めに火を付けると、小屋全体はすぐに暖まった。
「もう大丈夫だ! まずは着替えよう!」
すでに服を脱いでいたセシリアはアニエスに追いかけられながら寝室へと駆けていった。
そして、硬い継ぎ接ぎのベッドに飛び込み、綿が飛び出そうな掛け布団を身体に巻き付けると懐かしむように鼻から思い切り匂いを吸い込んだ。
埃っぽさがまだ残っていて吸い込む途中でゲホゲホと咳き込んだが、それでも笑いながらベッドの上をゴロゴロと転がり続けた。
それから三人で風呂に入り暖まり、リビングの壁から壁、梁いっぱいに付けたロープに服やコートを吊して暖炉で乾かし、何枚も毛布を使って三人でくるまって眠った。
俺たちはそこで一泊した。次の日の朝には吹雪はすっかり収まり、雲の合間から青空を覗かせてすらいた。
綺麗ですがすがしい朝のひとときを堪能したかったが、早朝にどこか遠く、北公の手の及ばないところに身を隠すことにした。
まず移動魔法で真っ先にここに来るのは、ベルカとストレルカだ。二人宛の手紙をドアに貼り付けた。(雪に既に付いていた新しめで麓の方から続く二つの足跡は無視した)。




