旅路の仲間 第三話
建物に入ってくるのを目で追うと、何段か飛ばしているようなどたどたとした音とともに階段を駆け上がってくる。そして、ドアの前で音が止まるとノックもなしに入ってきた。
「止めに来ました!」
はぁはぁと肩で息をしている。髪の毛は動いたせいでぼさぼさになりところどころ跳ねていて、店番途中だったのか、ひよこの絵が描いてあるエプロン姿で、葉っぱの付いた箒を持っている。
「ひ、久しぶり……」
思わず引きつってしまった俺にも、構わずにずいずいと前へと近づいてきた。
「あんな淫魔おばさんの何がいいんですか? 絶対ダメですよ!? 私は反対です!」
「いや、ちょっと落ち着いて」
「落ち着いていられますか!なんだったらいますぐに私が既成……」
ふんがふんが、とまだ息の荒い彼女をなだめるように肩に手を置いた。
そして、大げさに顎を上げて息を吸い込み、ゆっくり彼女を見つめた。
「落ち着いて。俺じゃない。友達。友達が結婚するの」
「あの焼きが回った夢魔オバさんとですか?」
「違う。いったん女神から離れて」
たぶんあの女神は全部聞いているだろうから、そろそろアニエスに天罰が下るのではないだろうか。彼女の肩から手を離し、チェストの上の手紙を取り上げて渡した。彼女は手紙と俺の顔を不思議そうに交互に見た後、それを受け取り書かれている内容を目で追った。するとあっと小さく言った後に手紙で顔を隠した。
「わかった?」
「ごめんなさい……」
紙から目だけをのぞかせ、上目づかいで見つめてきた。
「来る?」
「行きたいです。後学のために。でも私この人たちと全く面識ないし、それに、もうすぐなのにいきなり参加するって大丈夫なのですか……」
「大丈夫だよ。少し増えても大丈夫って言ってたから。連絡してみるよ」
もし、料理が足りないなら、俺の分を彼女に回せばいいだけだ。俺はカトウの料理を食べようと思えばいつでも食べられる。アニエスから紙を受け取ると、元のチェストの上へと戻した。ちょっと待っててと彼女を座らせた後、オージーに参加したい人が増えたと連絡をするとすぐに了承してくれた。
当然ながらアニエスと俺との関係を尋ねられた。そのときに口ごもってから旧友と伝えると、ははぁ~ん、そうかー、会うのが楽しみだよ、とだけ言った。いったいどういう風に受け取ったのだろうか。料理をするカトウにも伝えておいてほしいと言われ、彼にも連絡した。そのときにもどういう関係かと聞かれて、今度は間髪入れずに旧友! と言ってごまかすと、ふぅ~ん、と声だけでわかるほどに興味ありげに鼻を鳴らされた。
ベッドに腰かけ、不思議なものを見るような目で部屋をきょろきょろと見回していたアニエスに参加できると伝えると嬉しそうに笑った。そして、「私はあなたの何で参加するんですかね~?」と前かがみになってにっこり笑顔で尋ねてきた。
最後は本人が追い打ちをかけてきた。
「……仲間?」
口をついてふと出た言葉に俺は自らはっとした。
これから、オージーとアンネリのパーティーが終われば再び旅が始まる。これからは依頼だけでなく、本来の目的に向かっても進んでいく。それがどれだけ大変になるか、想像がつかない。顔を覗き込む笑顔のこの女性の父、アルフレッドは俺に大変な旅になるだろうと忠告をした。それを思うと大きな力は仲間にできるならするべきだ。そして、アニエスはかなり強力な魔法が使える。これは大きな戦力になるかもしれない。それだけではない。
俺の身を案じて忠告をしてくれたアルフレッドに、俺自身の姿を、彼女を通して伝えられるのではないだろうか。
俺はアニエスの前にひざまずいてまっすぐに見つめた。
「大事な話がある」
突然目の前で男性が跪いたのでアニエスは目を見開いて首を後ろへ下げた。
「も、もしかして……イ、イズミさん、やっと……」
彼女は引きつったようになり、顔を赤らめて視線をそらした。
「これから一緒に」
「はい! 構いません! 地獄の果てまでもついていきます!」
最後まで言い切る前に彼女は応えた。だが、あまりにも返事が早い。彼女は話を最後まで聞かないで返事をしてしまうことがある。仲間になってこれからつらい旅に出るのだ。このまま曖昧なままの同意で辛いところに引き込むわけにはいかない。
「アニエス、待って。応えるなら話を最後まで聞いてから。それ以外は許さないよ」
まっすぐ俺を見て不安そうな顔になった。言葉を待つように静かになったので話を始めた。
「アニエスはとても強い魔法使いだ。だから、これからの冒険に君の力が必要になるかもしれない。それで、もし君さえよければ、俺たちの仲間にならないか」
それを聞いたアニエスは残念そうに下を向いた。
「なぁんだ……都合のいい時だけ……」
やはり何かと勘違いしていたようだ。最後まで聞かせる前、彼女がどう受け止めていたのか、それは聞かないことにした。
「ダメかな?」
するとアニエスは鼻から息を吸い込み、顔を上げた。
「いえ! そんなことはないですよ! ただ、ちょっと思うところがあって……、いやなんでもないです! 私も仲間に入れてください!」
はきはきと放たれた、彼女の仲間になるという言葉に嘘はない。でも、いつか夜のカルモナの海辺で見たときのように少しだけ悲しそうに見えた。
仲間にする、というと聞こえはいい。俺はただ、彼女を利用しているような勧誘の仕方をしてしまった。ほかの仲間たちも目的を達成するために誘った。その誘いにカミュもレアもオージーも、みんな快く承諾してくれた。彼らの本心は分からない。心の中では利用しやがってクソ野郎、と思っているかもしれない。しかし、それはないと、口が裂けても言葉にしないという、自分の中にある彼らの『信頼』という二文字が保障してくれている。
では、アニエスを信頼していないのか、そういうわけではない。英雄と天才の一人娘で、嘘もつかなく、素直で家庭的な女性で、早とちりなところはあるが、それがたまに可愛らしくも感じる、素敵な人間であることを俺はよく知っている。彼女が俺を信頼しているか、それはわからないが、俺は少なくとも彼女を信頼している。しかし、ほかの何が、俺の心の中にある、それ以外の何かがうずくような気がした。
意を決して旅へと誘ったが、一つ気がかりなことがあった。
「アルフレッドさん、心配するかも……?」
「お父様は大丈夫ですよ。私は移動魔法も使えるから、帰ろうと思えばすぐに帰れます」と言うと、軽そうな移動用のマジックアイテムを見せた。「ダミーですけどね」そして彼女は続けた。
「移動魔法は便利です。だから、毎日帰って顔を見せれば許してくれますよ。私ももう26歳ですよ? いつまでも両親に頼ってばかりではいけません!」
やさしく微笑むと、瞳の奥を輝かせた。そして、
「改めて、私を連れて行ってください」
そういうと俺の手を取って両手で包み込んだ。彼女のやわらかい手は温かくて、くすぐったかった。不安を感じていると彼女はなぜかいつもそうしてくれたことを思い出した。
彼女の微笑みに、アルフレッドの期待に、俺は応えなければいけない、そう強く思った。
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