スプートニクの帰路 第六十七話
しばらくそのままの姿勢だったが、首を動かしてこちらを見てきた。
「あんな小さいガキに、国を背負わせるほどの覚悟なんて無理だろ。覚悟はあったとしても、身体に見合った小さい分だけだ」
そう言った後、不安定な椅子をがたりと戻してテーブルに膝を突くと左手でフォークをつまみ上げ、
「孤独が相当なストレスみたいで泣いてばかりで、それもストレスになるのか、ほとんど毎日熱を出してるぞ」
とフォークを振り回しながら顎を引いた。
さらに深刻そうな表情をして「それもかなりの高熱だ」と付け加えた。
ベルカもストレルカも、エルメンガルト先生から歴代ブルゼイ族女王たちの病気と生涯の終わりについては聞いている。
熱が出続けていると言うことがブルゼイ王族の末裔である彼女にとってどういう意味を持つのか。かつての女王たちの足跡を考えれば、すぐにでも分かる。
ベルカは、これからセシリアの身にどういうことが起こるかなど言わなくても分かっているだろう、と言葉を待つように黙り圧力をかけながらまじまじと見つめてきているが、それでも俺は何も答えなかった。
「辛いみたいだぜ。熱はだいたい明け方には収まるが、寝付けないのは可哀想だ。
日中の公務も少なくないし、礼儀作法をたたき込まれる訓練もある。熱が出たからって休むわけにゃいかない。
まぁ、公務はニコニコ笑って手を振ってるだけだが、辛ぇモンは辛ぇだろ」
言葉に刺々しさが増し、テーブルを指先でたむたむとたたき始めている。何も言わない俺に苛立ち始めているのだろう。
「食事は取れてるんだろ? 時期に慣れる。何事も時間が解決してくれるって言うじゃないか」
しかし、熱を出しはじめた彼女に残された時間はおそらく少ない。慣れる未来はあったとしても、そこにたどり着けることはないかもしれない。慣れるよりも先に、彼女はおそらく。
姿勢を戻してテーブルの上の皿を見た。半分だけ残ったドラニキを再び食べようとナイフとフォークを持ち上げ、親指の先ほどの大きさに切り分けた。
会うまいと意地になっているわけではない。会うことで起きる問題が無視できないのだ。
黙り込む俺に何かをけしかけようとしているこの苛ついた男でさえ、俺が何も考えずに不用意に動けば、不幸にしてしまうかもしれないのだ。
「オレは慣れるとは思えねぇなぁ。汗だくになりながらお前らの名前を呼んでるんだよ。ずっとな」
ベルカの言葉が食道に詰まるような気がして、食べようという気にならなくなった。
残ったドラニキの周りに落ちているジャガイモの、すりつぶされずに粗く残った小さなかすをフォークで集めるように皿をひっかいた。
それをフォークの乗せて、味のしない粘土を無理矢理食べるようにゆっくりと口へと運んだ。
「それでもだ。ルスラニア王国の未来の為に俺たちが会うわけにはいかない。
アニエスが北公軍の士官で北部辺境社会共同体の幹部に近くとも、俺がカルルさんの恩人だとしても、かつてセシリアを保護した親切な人たちの一人にすぎないんだ。
俺たち以外にも会いたいと思っている人はたくさんいる。でも、愛情から会いたいとか野心から会いたいとかいろんな理由があるんだ。この人だから例外なんてのはいないんだよ」
俺の答えにベルカは完全に沈黙した。
テーブルに肘を突くと眉を弄り、顔を下に向けた。そのまま掌を下げ顔をぐしぐしと擦るような仕草をしている。




