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旅路の仲間 第二話

 パーティーの七日ほど前の昼過ぎ。


 まだ出していない書類に書いた日付の上では、二人を休業させた後に班は無事解散したことになった。レアに、しばらく職業会館には近づかないほうがいいと言われ、時間に余裕ができた。せっかくなので久しぶりの無所属で独身者(バチェラー)の特権である優雅で怠惰な午後を満喫していた。早く出したほうがいい書類の提出期限については、彼女が取り計らってくれるそうだ。

 こういう例外を許すと後々予期せぬ大混乱が生じてしまうという罪悪感もあるが、目先の不精が恋しく愛おしくてそれを考えないようにしていた。


 昼の軽食を済ませ満たされた気持ちで、読みかけの本が散らばるベッドの上に寝転がり寝ているのか起きているのか、夢うつつな状態でぼんやりしていた。半開きの瞼が熱くなり、目を開けると先ほどまでの曇り空が切れて、雲間から日光が注いでいるのが見えた。

 それは力強く空と地面を焼き、いずれ鉄をも歪ませるその熱はわずかな間に気温をぐんぐんと上げた。窓に差し込む日差しに体を起こし部屋の窓を開けると、音よりも速く迷い込む光のまぶしさに目がくらんだ。

 まるで、これまで洞窟の奥の暗闇の中で暮らしていたが突如白日に放り出されて狂ったように飛ぶ蝙蝠のように目に痛みがはしる。しかし、目が慣れるよりも早く日差しは雲間に隠れた。その光に遅れて木陰にふく爽やかな風が部屋に吹き込んだ。じめじめとしているくらいなら、少し暑くても風があったほうがいいと気持ちよさに窓を開けて換気をした。


 身を乗り出し深呼吸をすると、湿った草のにおいのする空気で体の中はいっぱいになり、改めてストレスから解放されたことを噛み締めると、何かをしたいという気になったので、重い尻を動かすため気合を入れた。

 一年近い間放ったらかしにして、日々が過ぎていくうちにますます触れづらくなりずるずると続けてしまったアニエスとのすれ違いをやっと解消しようという気になったのだ。忙しくなかったかと言えばそうではないが、それを理由にするには助けてくれた彼女にちょっと―――とても―――申し訳ないことをしている自覚はある。


 部屋の隅のあるチェストの定位置に置いてあるマジックアイテムを取り上げた。チェストのその部分は、取っては戻しを幾度も繰り返してできた、何本もの指の通過線を埃の上に残している。埃を払わねばと思いながらマジックアイテムを持ち上げると汚れが気になり、しげしげと見つめた。


 連絡用のマジックアイテムは音声と文字情報の両方を伝えることが可能だ。カトウやオージー、アンネリの持つ最新式のそれには掲示板機能があるが、二年前のモデルである俺のにはついていない。なんと便利なものか、と言いたいところだが、かつてスマホが当たり前だった俺たちにはアプリがない分、物足りない感じも否めない。スマホとの共通点と言えば、わずか二年で古くなってしまう点だけだ。


 この世界に来てから毎日当たり前のように使っていて、この期に及んで名前を言うとそれは『キューディラ』という。南方の古語で『詰める』という意味らしい。距離を詰めるということだろう。俺が使っているのは、女神に「便利だからあげる」と言われてもらった(当時はまだ高価だった)安物だ。

 しかし、最低限には使えるので、買い替えたりする予定はない。埃まみれの引き出しの中に放置したり、手垢が落ちる間もなく触り続けたり、ヘドロの中をつけたまま行軍したりしているので、ついたへこみや傷にはふわふわしたものや何か黒いものがびっちり詰まっていて、お世辞にもきれいとは言えない。


 爪楊枝か、何かとがったものはどこかになかっただろうか。この溝の汚れを取りたい。


 これは耐水性だろうか。金属のボールに水を張って魔法を使って超音波洗浄機みたいしたら、キレイにできるのではないだろうか。あ、でも精密なものだから。




 いかん。いかん。いかん。気まずいし面倒くさいのはそうなのだが、現実逃避してはいけない。しかし、あまりにも長い間、連絡を怠ってしまったのでいまさら何を話したらいいのだろうか。話すべきことは山積しているが、それをどう言葉にしたらいいのかわからないのだ。


 まずは起動してアニエスの名前を探した。いきなり通話はさすがにまずいだろうか。ただ、ここで文字情報だけでやり取りしてしまうと、それですませようとしてしまうのではないだろうか。合理的で素早いのだが、それでは何か、何か物足りないような。


 また躊躇し始めてしまった。このままでは埒が明かない。何か余計なことを再び考える前に音声で連絡を取った。


 すると、すぐにアニエスからの応答が着てしまったではないか!


 このまま応答がなく三、四時間くらい経ってから何かしらレスポンスがあるような展開を期待していたのだ。往生際が悪いことこの上ないのは承知の上だ。

わたわたと慌てふためいていると「……こんにちは」と声が聞こえた。


「あ、うん。こんちは」

「何か、ご用ですか……?」


 声だけでははっきりわからないが、トーンは低い。怒っているわけではなさそうだが、話しづらいようだ。


「えーと、ごめん。久しぶり。大した用事じゃない、あ、大したことではなくはないんだけど。ははは、何言ってんだ。用事があって連絡したんだけど」

「はい」


 調子は変わらずに応えた。

 冷静な声色で、はい、って言わないでくれ! 話をつづけづらい。というか、即レスポンスするくらいならもう少しボールを投げ返してくれ! 自分が何を伝えたかったのか、頭の中から一斉に陽炎のように逃げ出して思い出せない。



 話題はないだろうかと、意味もなく上や下を見回した。チェストの上にあるオージーとアンネリのパーティーの招待状がふと目に入った。


「今度さ、結こ「んぁっ!? 誰が!? 誰がですか!? 誰が誰と結婚するんですか!?」


 最後まで言えずに勢いで押し切られてしまった。ああ、結婚関連の話題は地雷だったのかもしれない。

 そういえばこの子は絶賛婚活中の魔女っ娘……もとい魔女だった。椅子から立ち上がったのか、ガガガッと何かを床の上で引きずるような大きな音が聞こえた。彼女の声は大きくなり、裏返っている。


「イズミさんですか!? あなたですか!? あわわわわ!! 相手はあの淫乱自称女神ですか!?」


 焦りだしてどたばたと落ち着きなく動き回っているのか、色々な音が聞こえてくる。焦ると落ち着きが無くなるのは相変わらずのようだ。それが何となく懐かしく、面白く感じてしまい、思わず笑みがこぼれてしまった。そして安心したのか、目に涙が出てきたような気がした。


「ちょっと、ちょっと落ち着いてって、俺じゃな……アレ?」


 すでに音声は静かになっていた。途切れてしまったかと思ったが「イズミさぁーん!」と名前を呼ぶ声がする。しかし、キューディラから音はしない。俺のそれは古いので、話していると時々くぐもったり、ノイズも入ったりして音質もよくない。それの影響で声が遠くに聞こえているのだろうか。しかし、本体の話しているときに放つ光はすでに消えている。もう一度呼ぶ声がして気が付いた。これは開け放した窓から聞こえているのだ。


 慌てて窓から通りを見ると、真っ赤な髪の女性が仁王立ちして、こちらに手を振っている。まさかのアニエスだった。なんで俺んち知ってんの!?


「ちょっ!? なんで!? とりあえず上がって!」

読んでいただきありがとうございました。

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