スプートニクの帰路 第六十五話
ベルカと三人で食卓につき、食事をしながら最近のルスラニア王国の近況を聞いた。
代表者会議執行部はルスラニア王国の政治中枢がある程度整ったので、近々解散して正式なルスラニア王国政府になるそうだ。
ベルカとストレルカは代表者会議執行部としての役割を終えた後は、それまでの人生経験を最大限に生かして王国軍に入るつもりでいた。
ベルカは将校の地位を希望しその通りに割り当てられた。だが、ストレルカは軍上層部に就くのではなく、かつての王家諸侯の一族の面影を残す見た目を理由に政府の中枢により近い立場に就くように指示された。
かつて自滅した王家尚書諸侯の名残を入れて良いのかと話が出たが、専制君主制の全てが悪ではなくブルゼリアの良い面までも完全に捨て去らないために組み込もうということらしい。
どこが良い面なのか具体的に言わなかったので、おそらく傀儡政権だと言わせないためもあるのだろう。
ベルカは片目をつぶり顎を上げると「オレも誘われたが、まぁ色々で断ったぜ?」と自慢げに鼻を膨らませた。
「お前、落ち着きないもんな」
「うっせーな! て、おい、赤いの! お前まで笑うんじゃねぇ!」
三人で笑い合った。しばらくすると笑いも収まり、再び食事を囲む音だけになった。
フォークが止まり、ふと外の方へ視線をやった。
早雪も終わり、普通の春が近づいてきて日も延びているのだが、外はもうすぐ真っ暗に飲み込まれる。あかね色に染まる家々の屋根は、窓から身を乗り出せば暗い色をした壁の隙間に僅かに見える程度だ。
食べている内に時間があっという間に経っていく。
部屋の中が静かになると、まだ活気のある街のざわめきが開け放しの窓から風に乗って聞こえてくる。
外を見ていた俺の様子を窺っていたのか、ベルカが再び話を始めた。
「オレたちはたまたまお前らの手伝いをしたブルゼイ族だけだってのに、ずんずん国政に参加していってる。だが、正直なところ、それで良いのかとは思ってるぜ?」
「何をだ? いいじゃないか。お前らは真っ当な仕事に就けて、望み通りに寒さと飢えに満ちてた流浪の生活から解放されたんだし」
「色々だよ。色々」
ベルカはテーブルに肘を突き、「お前ら、特にイズミ。お前、もうほとんど追い出されたに等しいじゃねぇかよ」とフォークを人差し指と中指で挟むように持つと俺の方へ向けて来た。
突然向けられたフォークとベルカの覗き込むような顔を交互に見て、鈍く光る先端から離れるように椅子の背もたれにゆっくりと寄りかかった。
「そんなもんだろ。アニエスは元々北公軍所属で、中佐の地位に就いてた。かたや俺はスヴェンニーでもなければ、ブルゼイ族でも何でもない。
おまけにアニエスの補佐とか言う閑職穀潰しの給料どろぼー。ある、いや、あったとすれば、ただ、……な」
セシリアの名前が出そうになり、言葉に詰まってしまった。
ベルカは肘を突きながらドラニキをフォークに刺すと持ち上げ、下から見上げるようにしげしげと見つめた後「プリャマーフカか」とサワークリームをどっぷりつけた。




