スプートニクの帰路 第六十話
「メンテナンス、必要かね?」
「こういうのはこまめな管理が大事なんです」
呼び出しに渋るような反応を見せたアスプルンド博士を愛想笑いで押し切った。
俺は非番の日が嫌いだった。北公の為でもなくユニオンの為でもなく、ただ自分の為だけに何かを常にしていなければいけないような強迫観念が染みついていたのだ。
暇になればまたセシリアはどうのと無用な心配ばかりして、そしてそれを握りつぶしたいがために、いつかのユニオンのように昼間から酒を呷ってしまいアニエスを心配させてしまうからだ。
非番の日はアニエスと大体同じだ。しかし、彼女は俺と違って非番の日は多くない。それにもかかわらずどこかに連れて行ったり、家事を手伝ったりせず酒ばかり呷っていた。
それでも彼女はどうしようもなくなった俺を甲斐甲斐しく介抱してくれた。
彼女は、非番の日には昼からソファで眠りこけている俺をまだ見捨ててはいない様子だった。
だが、その度に彼女までいなくなってしまうのではないかという不安が、回る視界と霞がかった頭の中に過る。まだ心配されているうちにその癖を俺はどうしても止めたかった。
だからその日を狙うようにして、忙しいアスプルンド博士をわざわざ呼び出してまで左腕の義手のメンテナンスを丁寧に時間をかけてして貰うことにした。
「誰に向かって言っとる。メンテナンスは必要だが、こんな短期間ではいらんぞ。
私の作ったものであり、なおかつ今のところまだ最高傑作だぞ。他と違って付けたまま風呂にも入れるし洗える。それに君ももう成長期ではあるまい。
いきなり呼び出されたものだから、早速ぶっ壊したのかと思ったぞ」
初期不良や試行錯誤をどこかに置いてきた開発者による尤もな意見であり反論できない。
だが、酒浸りにならないようにする為にあえて入れた予定であると本当のことは言えず、とりあえず笑って誤魔化した。
アスプルンド博士は鼻から息を吐き出し、肩を下げると「まぁいい。見せなさい」と椅子に座った。
俺は左手をテーブルの上に載せて見えやすいように差し出した。
「痛みでも出たのかね?」
「倦怠感と足のむくみが酷いですね。最近は。何もしていないと特に感じます」
「私は医者じゃあないぞ。だが、それについてははっきり分かる。酒ばかり飲んでいるからだろう。魔工万能義手は全く関係ないぞ」
またしても「ご存じでしたか」と笑って誤魔化した。
「あまり中佐を困らせんでくれ。
最近、集中力を欠いているのか、ものをよく壊すのだよ。怪我人が出られても困りものだ。幸いにもまだいないがな。さて」
博士が棒状の器具を鞄から取り出し義手を叩くと、木炭の表面を叩くような乾いた音がした。博士はさらに肘関節から上膊に向かって人差し指を当てた。
「寒さで表面はだいぶ冷たくなっているな。皮膚との接触面がカーボン製でよかったな」




