旅路の仲間 第一話
「というわけで、アンネリもやめました」
「はいよー。チームは解散からのアンネリなしで再結成。新メンバーにセ……ククーシュカか。今度は38班で、あんたがリーダーね」
タブレットを見る女神はこめかみのあたりを擦った。
「転生者、詛血の一族、神秘派の末裔、頭取の娘に商会上層部候補、おまけにブルゼイ族……、あんたんとこ無茶苦茶な組み合わせね。二人以外はめぐりあわせなのかしら……」
聞いたこともない単語が女神の口から次々と出てきた。そけつの一族? 神秘派? ブルゼイ族?
「誰がどれですか? 俺とカミュとレアしかわからないです」
「この世界の歴史でも勉強しなさいな。あぁでも、今から学べるものなんて連盟政府の都合のいいものだし、あんまり意味ないか。いちいちあたしが教えんのも面倒くさいし。気にしなくていいわよ。言いたいのはおたくのチームがめちゃくちゃってこと」
女神は面倒くさそうに俺を一瞥して、タブレットを胸の谷間にしまった。
久しぶりに見かけたあーちゃんが運んできてくれた紅茶にそっと口をつけると柑橘の匂いがした。鼻いっぱい吸い込んだ太陽の香りはアールグレイのものだろう。
新規チーム立ち上げの連絡と、現状報告と、例の件の音声を渡すなど、ごちゃごちゃ色々と用事があり、役員女神のもとへと訪れていた。先日のパーティーのあと、飲み過ぎたとか言ってなかなか会ってくれず、復活したのは三日後だった。不老不死に近い彼女 (たち)は時間の流れも異なり、人間での三日というのは数十分程度なのだろう。それでも人間同様にやはり酒には酔っぱらうようで、笊みたいに飲みそうな見た目とは裏腹に実はあまり強くないようだ。
「上司に積極的に会おうとするなんて、殊勝な心掛けね。あたしがそんなに美しいかしら」
「寝ぼけたこと言わないでください。必要だから会ってるんです。……まぁ、でも、会いたくないかといえば、そうでもないですけど……」
「えっっ!? なん、なんて!? よく聞こえないわ! あと十五回言って!!」
後半のぼそぼそと言ったことが聞こえたらしく、女神は組んでいた足を戻して身を乗り出して耳に手のひらを当てて催促してきた。十五回も言えとか言わせたいだけだろう。難聴気味の女神を無視して俺は紅茶を飲んだ。
そして、まだ? まだ? とワクワクしている彼女に違う話題を振った。
「そういえば、あのときアンネリには何を言ったんですか?」
「何照れてんのよ……。いんや、特に何も。双子ちゃんは大丈夫よ、って」
なんだ、大したことではなかったのか。生まれてくる子どもの性別はおろか何週目かもはっきりとわからない世界で、双子が生まれてくると具体的に分かるというのはあの二人からすれば不思議なことなのだろう。それにしても初産で双子か。すさまじいな。
そうですか、とティーカップをテーブルに置くと、向かいのソファに座る女神は次第にニタニタとしはじめた。
「俺はリーダーの権限をもってこの班を、この場で、群衆という公平なる証言者の前で解体を宣言する! ……ぷふっ」
と女神は口をとがらせ、いつかの俺を真似した。
その話題を出されるのは、テーブルの下のわずかなスペースに隠れたぐらいでは回避できないほど恥ずかしい。耳から入った言葉は全身に電気が走るような感覚を与えた後、頭の中を幾度となく反響し、痛くもない頭がイタいような気がした。火が出そうな頭を、顔を何かで覆い隠したい。そのまま意識不明になりたい。
「ぐぅあぁぅ……。やめてください。お願いしますぅ……。テンション上がってたんですぅ……」
「なーんかカリスマ感出てきたわねぇ。うふふ。スピーチとしては及第点。よく言ったじゃない。ちょっと見直したわ、ヘタレちゃん。でも録音してたならもっと早く動けたんじゃないの?」
「確かにそうですね。ホントのコト言うと、ずっと録音してたこと自体忘れてましたからね。それにどこに言ったらいいのかわからなくて。あのときなら人の目も集まっていたし、咄嗟でしたね」
女神はその恥ずかしいと思っていた行いを褒めてくれたようだ。それだけで少し気持ちが楽になった。だからと言って、話題にされたいかというとそうではない。
腕を組んで背もたれに寄りかかる女神は眉を寄せて仕方なさそうに笑った。
「それにしても……、まったく、まだ調査中だってのに勝手に解散しちゃってからに……。ま、仕方ないか。これ以上続けさせてぶっ壊れて闇堕ちされても困るし」
役員女神は、勇者たちをそそのかしている黒幕を目下調査中だ。捜査協力してくれとシバサキのチームにいるように指示したのは彼女だ。もう終わらせられる状況だから解散したはずだが。
そうだった。まだ最後まで完了していない。何のために酔っ払いと無理やり会おうとしていたのか、その一番大事なことをうっかり忘れてしまうところだった。録音した内容を役員女神に聞かせることを思い出した。ううん、と咳払いをして、まじめな話を冗談で流されないように硬い表情をした。
「それについて、女神さま、少しよろしいですか?」
「えっ、何、改まって……。気持ち悪いんだけど……」
「お渡ししたいものがあるんですが……」
ゴソゴソとごみと埃だらけの上着のポケットを漁り、黄色い丸い石を取り出した。上品なガラスのローテーブルの上にそっと置くと、ガラスのぶつかるようなカチリと硬い音がした。それは、この間の霧に包まれた白い湖畔での俺と部長女神とのやり取りが記録されているマジックアイテムだ。不安な面持ちで俺の顔を交互に見る役員女神に、その石に閉じ込められているものの説明をした。
「勇者たちを操ろうと裏で暗躍していたのは、やはりあの人事部長のようです。それが証拠です。報告だけで終わるかと思いましたが、音声も取れていました」
役員女神は目の下をピクリと動かすと、無言でそれを手に取り音声を再生した。
記録されていた一連のやりとりの音声が流れ終わると、それをテーブルに置いた。
「暗躍……ねぇ……。まぁほとんどわかってたし、言うほど闇を動いてたわけでもないし……」
しかめた表情で何か悩むような大きくため息をして続けた。
「でも、わかったわ。ありがとう」
俺は何も言わずに、紅茶を飲んだ。目を閉じると薫り高いオレンジの湯気が鼻に抜けていく。アイテムをしまった役員女神は膝に頬杖をついて俺を見上げるようにしながら微笑みはじめた。
そして「なんかほしい?」と、録音された内容を聞いたせいなのか、なにか試すような聞き方をしてきた。確かな証拠をつかんでくれたお礼なのかもしれない。だが、欲しいものが多すぎて具体的でない。ただ、もし教えてもらえるなら、あの時部長女神が思わせぶりに言った『母親を殺そうとした人』を知りたい。
「あの、もしかしてアンネリを怪我させた人、知ってます?」
彼女の笑顔はすぐに引けて、片眉を上げた。まるでその話題から距離を取るかの様に体をソファに預け、腕と足を組んだ。
「……知らないわね。人を調べるのも裁くのも人。あたしが何かしていいのはあんたたちだけと、その目的が果たされるまで。何でもかんでもできるわけじゃないわよ。それにあの子が落ち着けば自ずと言うわよ。あの子に直接手を出したのも限りなく黒に近いグレーの例外オブ例外だからね。だからあんたにも見せなかったのよ」
先ほどまでのふざけた表情ではなく鋭い視線を投げかけてくる。ほぼ睨みつけているようだ。答えを言ってはくれないということは分かっていた。この女神は、一見気まぐれなようで、人間とかかわるときにはぎりぎりのラインでやりくりしているのだ。やはり教えてはもらえないようだ。
「そうですか。仕方ないですね」
彼女もおそらくすべてを知っている。本当に知らない可能性は限りなくゼロだと思っていいだろう。なにせ、すべてお見通しのデウス・エクス・マキナだ。知らないはずもない。もし、これでシバサキが手をかけていたとしたら、あっさり話した、それどころか積極的介入をしただろう。誰かわからないのは相変わらずだが、距離を取り、白を切る女神の反応からわかったことが一つある。
それは、勇者(もしくは俺のような元勇者)と言われる、女神と接点を持つことができる者は犯人ではないということだ。つまり、彼の犯行である可能性はかなり減ったと考えられる。
まだゼロにしないのは、気持ちの問題だ。
少しの気まずさの中でしばらく静まり返ると、突然女神がのたうち回りだした。
「うっ! 人間に介入し過ぎたことで神の神聖なるパワーが薄れて、強い頭痛が強烈に痛いわ! 大変! イズミくん、あ、あたし消えちゃうわ!」
大げさに胸を押さえ、額に腕を当てると大げさにのけぞった。起きてしまった険悪な空気に耐えられなかったのか茶化しているのだろう。
「何言ってんすか。いや、神の神聖なるって、、、」
発作のふりが止まると、ノリの悪さに飽きれたかのような顔で俺を見た。
「チッ……、つれないわねぇ。そういうの以外ならいいわよ。ホントになんもいらないの?」
「欲しいものはあるけど、山のようにあるので選べません」
「じゃ、迷うなら選択肢あげる。あなたが大好きな巨大ロボと、えっちっちな学校ハーレムと、オリジナル全開の固有のスキルだったらどれが欲しい? あ、でも学校って言っちゃうとえっちぃことできないから、学園のほうがいいわよねぇ」
俺はしばらく考えた。
顎に手を当て、下を向き、地面の大理石のタイル線を目で追う。願いというわけではないが、本当のことは言いたくない。恥ずかしいからだ。
「……じゃ巨大なセコ蟹のメスをたくさん」
俺の返事を聞いた女神は、膝を上げて手を叩いて笑い出した。
「あははは! あんたやっぱ面白いわね! いいわよ!」
そういうと女神は早速どこかへ電話をかけ始めた。
もう大丈夫ですよ。いっぱい貰っています。
ならばせめて、ずっとかわらないままの上司でいてください。
それだけです。
とは思っていてもなかなか言えないのだ。近しい人ほど「ありがとう」が言いにくい。
服の飾りのリボンをいじりながら電話をする彼女を、もしかしたらこの人の部下でよかったのではないだろうかとぼんやりと想いながら、おもわず見つめてしまった。
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