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北の留鳥は信天翁と共に 第二十三話

 何かと隙あらば娘を宛がおうとするルカスにムッとしてしまい、「お断りします。生憎あちらでの仕事もありますので」と意図せず語気を強めて言い返してしまった。

 言ってはみたものの、何もしていないに等しいのだが。


 するとルカスは「相変わらずお堅いヤツだな。まぁ仕方ない」と口をへの字に曲げて両眉を上げた。

 ヤシマが引きつっている横でティルナが咳払いをすると、「そうだな。すまない。ああ、諸君。もうお腹も空いただろう。食事にしようか。一番空いているのは私かもしれないがな。ふははは」とルカスは手を叩いた。


「前菜だの何だのと硬いのは止そう。ここにいる者は皆親しいんだ。アラカルトのように好きなものを好きなだけ頼んで気軽に食べようではないか」


 景気の良いルカスの声に合わせるように使用人がドアを開けて入ってきた。


「ああ、おい、君! 魚は、魚料理はなんだ? 早雪明けの魚は脂がのって美味しい。だが新鮮でないと臭くなる」


 使用人に差し出されたメニューを食い入るように覗き込むと、口を丸くして顔をほころばせた。


「どれ、なるほどカウハラ岩塩とルビーナのオーブン焼きか! これはうまそうではないか、ふははは! 早速持ってこい」


「大統領、野菜も食べてください。奥様が心配されていますよ。職に就かれてから不健康な食生活だと」


「ティルナ、堅いこと言うな。さぁ飲め飲め! 早雪も終わる! これからラド・デル・マルは騒がしい蟄報節(ちっぽうせつ)だぞ! 早雪明けのお祭りの前祝いの前哨戦と洒落込もうじゃぁないか!」


 ルカスの普段の姿を俺は知らないが、とても厳格なのではないだろうか。身内ではないので執務のときの姿しか見ていないであろうヤシマが、ルカスとティルナや俺とのやりとりを見て目を丸くしている。


「イズミ、君は随分と暗い顔をしているな。それではいかんぞ。

 君はー、確かワインが好きだったな。おーい、201年ものの白を持ってこい! もちろん赤もあるぞ。あとで出そう。

 やつれるほどの何があったのか、聞けば悲しい話になるのだろう? それは後回しで、北公に行ってからあった楽しい話を聞かせてくれ。

 ああ、もちろん君が話したければ勝手に話せ。全部聞いてやるぞ、ふははは!」


 しばらくすると、蒸発した塩水と焦げ過ぎずまだ柔らかさのある香ばしい匂いがしてきた。

 ルビーナのオーブン焼きと白ワインが台車に乗って運ばれてきたのだ。ルビーナとはスズキことだったようだ。

 ややピンクがかった岩塩がまぶされ、よく焼けた皮は縮み刻まれた十字をまくれさせている。見ているだけでふわふわとした食感が伝わってきそうな白身が湯気を上げていた。


 テーブルに置かれると、白ワインもグラスに注がれた。

 注いだ使用人が離れるよりも早くルカスはグラスを高々と掲げると

「では、早雪の試練を乗り越え、そして再び与えられることを許された糧に感謝を示し、“家族のため(パラ・ラ・ファミーレ)!”」

 と乾杯の音頭を取った。


 それに遅れることなく低めにグラスを掲げ、家族のため(パラ・ラ・ファミーレ)と言った後にグラスの縁に口を付けた。

 よく冷えた白が喉に流れ込むと、酸味のある匂いが鼻に抜けた。

 その匂いは懐かしく、まだルカスが大統領になる前、ユニオンが独立するよりももっと前に戻ったような気分になった。

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