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ヒューリライネンとハルストロム 後編

 すっきりした様子のオージーがのんびり戻ってきて、和気あいあいとしているように見えたのか、店内の様子を眺めると笑顔になった。


「なんだい? みんな、楽しそうだね」


 先ほどの女神とアンネリのやり取りなど全く知らぬようだ。もし見かけていたらどのように感じるのだろうか。

 自分の嫁が誰かとキスしたら、それも異性ではなく、同性だったら、まさにその状況だ。他人である俺はユリの根のアルカロイドのように、甘いと言えば甘い光景だが、どこか毒があり、直視するとみぞおちから下に擦れる感覚を覚える、あの何とも言えない気持ちになった。

 この二人の年齢的に、ユリの花ではなくレディーの領域だ。アンネリはまんざらでもないのか、赤い顔のまま人差し指を唇になぞっている。大学時代の同期にも何人かいたし、女性の12人に1人はその気があるというから、珍しいことでもない。



 オージーは席に戻らず、俺の傍へときた。


「イズミ君、ちょっといいかい?宴たけなわだけど、そろそろパーティーも終わりだ。それで、急で悪いんだが何か言ってくれないかい?友人代表でスピーチでも」

「いきなりだなぁ。全く」


 普段ならここでもごもごとしてしまいそうだった。しかし、そのときはなぜか落ち着いていた。何を伝えればいいのだろうか、それはたくさんある。そのうち一つでも掻い摘んでいえば言えばいいだろう。だが、多すぎてまとまらない。

 結婚式でのスピーチか。懐かしいな。そういえばなぎさのときは何を言おうとしたのだろうか、思い出してみる。招待されてから式まで時間はたくさんあって、事故で死ぬ間際までずっと考えていた。大事な友人のなぎさに恥をかかせるわけにもいかない。だが、そのとき何を言っても彼女に恥をかかせることはなかっただろう。なぎさへの感謝や喜びを素直に伝えればよかっただけだから。


「んー……まぁ、なんとかなるかな……。やるよ」


 返事を聞いたオージーは、そうかとうなずくとフロアの中心に立ち、


「みんな、そろそろお開きにしようと思う! 最後にイズミ君にスピーチしてもらうよ」


と、みんなを椅子に座らせた。俺は彼の隣に並んだ。


「あー、そうだな。じゃあ、昔の友人の結婚式で、言おうとしていたやつを簡単に。結局出られなかったんだけどね。まず、人生には三つの坂が……」


 というと女神とカトウは「ブーッ」とブーイングを飛ばした。

 笑いが起きるかと思ったが、その二人を除くみんなはいたって静かだった。そうか、この世界の人たちには新鮮だったのかもしれない。おっわ、まずい! 滑った! あとで「三つの坂とは何ですか!?」と鼻息荒そうに聞いてきそうな女剣士が目をキラッキラに輝かさせている!しかし、気を取り直して続けた。


「嘘、嘘です。今のは忘れてください。本題はこれからです。人間がどうやって一人前になるか、という話です。まず最初に、人間は生まれたときは四分の一人前です。両親に育てられるだけではそれを増やすことはできません。では、どうすればいいのかというと、誰かとの素敵な出会いが必要なのです。それは恋人でも、あるいは友人でも、つまり心からお互いを受け入れられる誰かのことです。そして、二人でやっと半人前です。残りの半分は、それからです。心を許しあえるものと結ばれ、やがて二人は結婚し、そして二人の間の新しい命、つまり新たな四分の一ができてやっと四分の三……」

「双子とかだったらどうすんのー? 計算間違いー?」


 一番遠くに座っていた、赤ら顔の女神が茶々を入れてきた。右手を挙げてゆらゆらとさせている。


「ああ、もう。そういう双子ができたらとか、そういうのはやめてください。言葉の綾です! 続けますよ。いいですか?では残りの四分の一は何かというと、それから築いていく家族そのものです。生涯守り育み続けて、最後にやっと一になります」


 茶々のせいで尻すぼみになって言い終わると、みんな再び静まり返ってしまった。さすがに何を言っているのかわからないようだ。やっちまった。二度も滑ってしまった。俺は自分の言葉選びの悪さが憎くなった。


「ははは、なんだか、わけわからない感じになっちゃいましたね。でも要するに、足りない分は支えあって、やっと一になれるということです。これくらいかな」


 すると、席に座っていたみんなは微笑みながら拍手をしてくれた。その中を俺は後頭部をかきながら、すごすごと下がり女神の横の椅子に戻った。


「イズミ君、素敵なスピーチありがとう。今度はボクから。今日はみんな、あつまってくれてありがとう。時代のおかげなのか、結婚と妊娠の順番が前後しても誰にも拒絶されることはなくて、ボクとアナはとても素敵な友人を得たと思う。これからはボクたちと、新しく授かった命の三人で「双子よー」温かい家庭を築い……。って、えぇ? メガさん、なんでそんなことわかるんですか?」

「……ちょっと、いいところなんだからヤジ飛ばさないでくださいよ……」


 べろべろになり椅子に浅くかけて大開脚している女神の袖をぐいぐい引っ張り抑えた。

スピーチ中のオージーは目を丸くして、アンネリのほうを見た。すでに知っていたのか彼女は小さく頷いた。声にはならなかったが、彼の口は、そうなのか、と動いていた。そして気を取り直したのか、彼はスピーチを続けた。


「あ、ああ、ちょっとびっくりしたけど、生まれてくればわかるさ。さっきイズミ君が言った通り、家族四人で一人前になれるように頑張るよ。ボクはこれからイズミ君のチームに加わり冒険をしていく。危ない目にも合うかもしれない。これまで偉大な者たちが成し得ることができなかったそれは、長い時間がかかるかもしれない。でも、きっと大丈夫だと信じている。それで、イズミ君、お願いがある。もし、無事に子どもが生まれて育ち、アナがまた仲間に加わりたいと言ったら、そのときは受け入れてもらえるだろうか」


 真剣な顔をして歪みなく俺を見つめている。その願いには稼ぎが増えるからとか、生活のためとか、そういった類のためではないという意味が込められているのは俺でもわかった。たとえそれが込められていてもかまわない。人として生きる上で必要で当たり前のことなのだから。

 彼は、またその人と人との絆の中に温かく迎え入れてくれるかどうか、ということを、旅の仲間としてと、言い換えて尋ねたのだろう。ただ、俺は何かを打倒するための絆、つまり旅の仲間としてではなく、未来をはぐくむ絆として彼女、彼女たちを受け入れたい。


「またいきなりふらないでくれよ。でも、そうだな……。それは断るよ」


 えっ、とその場にいた一同が俺のほうを向いた。みんなは肯定的な返事をするはずだと思ったのだろう。そこで受け入れるべきだったのだが、どうしてもできない理由がある。

 再び立ち上がり、オージーの横へと移動しながら言った。


「もちろん、戦いの仲間ではなくて、コミュニティの一部としてなら、君たち家族を俺は受け入れる。俺は生まれてくる二人には戦いの知らない世界で育ってほしい。みんなからしたらわけのわからないことを言うかもしれないけど、俺は、その、戦争を知らないで育ってきた。だから、いまだに自分が争いの中にいるのかどうなのかの実感もないんだ。それはもしかしたらとても幸せなんじゃないかと思う。だから、終わらせられる力を与えられているなら、俺の手で早く旅を終わらせてしまいたいんだ。持つ者の義務として」


 またしても静寂が訪れた。俺の嘘偽りのない言葉は、今度はみんなに届いたようだ。


「そうか……。イズミくん。ありがとう。ボクは君の仲間でよかったよ……」


 オージーは眼鏡を上にずらすと、目頭をぐっと押さえている。


「イズミ! さっきのスピーチより今のほうがよっぽどよかったわよ!」


 アンネリが身を乗り出してそう言うと、店内は笑いに包まれた。


「あんまりもたもたしてると、あたしから突っ込んでいくからね! やるんだったらさっさと終わらせなさいよ! あたしの旦那も、オージーもいるんだから!」


 テーブルに手をついて声を上げるアンネリは力強くそう言った。それに俺の背中は力強く押されたような気がして、俺は彼女に向かってこぶしを握って応えた。


「任せろ! お前らが子どもの未来だけ考えられる世界にしてやっから、待ってろよ!」


 カミュは俺にかつてこう言った。仲間ができたらあっという間に終わらせられると。レアは俺を見捨てることなく何があってもサポートを続けてくれた。オージーは俺にリーダーとしての在り方を教えてくれた。アンネリとその子供たちの未来。そして俺自身の願い。そのみんなの気持ちに応えるにはどうすればいいか。前に進めばいいだけだ。細かいことは考えなくていい。


 恥ずかしげもなく宣言をした俺は、飲み過ぎたワインのせいでだいぶ舞い上がっていたようだ。

 それから最高潮を過ぎたパーティーは緩やかに熱を冷まして終わり、静かに解散となった。



 いつの間にか土砂降りの雨は止んでいたようだ。片付けも終わりウミツバメ亭のドアを開けると、雨上がりの真夏の風が飛び込んできた。


 もう雨は降らないだろう。

読んでいただきありがとうございました。感想・コメント・誤字脱字の指摘、お待ちしております。

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