北の留鳥は信天翁と共に 第十七話
「共和国が無駄なことをするとは思えんよ。マゼルソン法律省長官は現金融省長官よりカネにシビアだ。
彼のバックに前金融省長官であり盟友のアルゼン氏がいる。アルゼン氏は一等秘書官時代に、言うことを聞かなかった魔石カルテルを根刮ぎ潰して再編させたほどの男だ。
量産ともなればマゼルソン法律省長官とアルゼン氏の目が必ず届くことになる。
ユリナ氏が軍部省長官であっても、マゼルソン法律省長官が互いに抑止力的に働くと考えれば、易々と量産を見逃すわけもない。
おそらくは、火薬はまだ北公には届いていない。下手をすれば量産されてすらいない。
しかし、そのような状況にもかかわらず、北公からの手紙はユニオンから火薬を買うことについてではなく、鉄道技術についてのみ言及されている。
先ほど言ったとおり、ビラ・ホラは硝石が豊富だ。ガンパウダーの枯渇問題は解決済み、もしくは見込みがあるとみて良いだろう。
それこそが商会が手を引いた原因だ。だが、商会は物流も担っている。
おそらく、鉄道技術が本題であることは間違いないが、物資の停滞も今後予想されるのだろう。見たこともないのに、内陸における鉄道の輸送能力をさてはてどこで知ったのか。
それはさて置いて、高度な輸送能力を手に入れても、そのノウハウはない。そこで我々カルデロンへ話が流れてきたのだろう?」
何も答えられずに黙り込んでしまった。商会の撤退理由はビラ・ホラであることに間違いは無い。
しかし、それ以外については何処まで考えているのかはわからない。
「君の知っていることのおおよそは、我々もすでに知っている。それだけではなく、知らないことさえも知っている。
連盟政府のナントカ橋、友学連の雷電部隊、共和国の対外情報作戦局とくれば、我らがユニオンにも優秀な諜報部はあるからな。
集めた情報、取り囲む国々の状況、この手紙、そして、イズミ君の反応を見れば、まぁ、全体像は限りなくはっきりと掴める」
「説明していただけますか?」
「何度も言うが、それは出来んよ」とルカスは首を左右に振った。
「というのも、どうやら君はユニオンの者ではないらしいからな。
それは悪いことではない。私の問いかけにはすぐに答えてくれると思ったが、そうもいかないようだな。
君は放浪中に彼方此方回ってきたことで、色々と知恵を付けてきたようだ。そこで改めて問うが」
しばらく間を開けると、
「イズミ君、君はいったい何処の手勢なのかね?」
と尋ねてきたのだ。
「俺は……」
即答できるような質問だが、考えてたこともなかった。答えられなくなってしまった。
ルーア共和国軍部省直轄対外情報作戦局非常勤職員兼、特別補佐官一等主任兼、特級秘書官。
第二スヴェリア公民連邦国、国土戦略魔術部隊予備隊員兼、特殊魔術部隊長補佐。
アルバトロス・オセアノユニオン大統領特別官書員主席。
ブルゼイ族王家末裔であるセシリアに最も信頼された保護者。
連盟政府では、大犯罪者でありながら諜報部聖なる虹の橋のクロエとの繋がり。
何処にでもふらりと顔を出し、手頃に仲を取り持ち、そしてするりとそこのやたらと長く立派に見えそうな名前の付いた地位に滑り込んでいる。
では何か具体的なことはしているかと言えば、そうでもない。何処のどういう者であるかと自分自身でも自信を持ってはっきり言えるところはない。
「はっきり言うことが出来ないようだな。争わせんとする君の意思の為に八方美人なのは構わない。だが、そのような宙ぶらりんな良心が一番狙われるのだよ」
口を開けたまま硬直してしまった俺に呆れかえるように、ルカスはため息をついて首を左右に振った。




