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北の留鳥は信天翁と共に 第十三話

 視線が紙の上を右から左へと流れ、それを数回繰り返した後に視線の動きは遅くなった。

 やがてそれが止まると、ルカスは「なるほど」と右眉をぐりぐりと弄りだした。指が眉から離れると、明らかに雰囲気が変わった。

 毎度見かける見覚えのある癖だ。確実とは言えないが、野心的なことを考えているときにいつもしているような気がする。


「新規の顧客まで連れてきたのか。ふむ」


「あの」と声をかけるとルカスは視線を挙げてこちらを見て、それに遅れて顔を上げた。

 簡単なことしか書かれていないはずでこれまでは気にもしなかったが、ルカスの仕草を見て内容が気になってきた。

「何処まで書いてありますか?」と尋ねてみたが「それを言うわけにはいかないな」と手紙をパタリと閉じられてしまった。ルカスは手紙を人差し指と中指で挟んでティルナに手渡した。


「そうですか。手の内を明かすわけにはいかないということは、俺を北公の特使として扱い始めたと言うことでよろしいですね。つまり、北公との取引の可能性を示した、と」


 グラスに浮かぶ淡い炭酸の線は今にも消えてしまいそうだ。食前酒から次のものが運ばれてこなくなり、だいぶ久しい。


「それだけで充分です。次が出てこないようなので、俺は北公に帰ってもよろしいですか」


 あとは偉い人にバトンを渡して齟齬のない話し合いをして貰おう、俺は薄ら重くなりはじめた空気から逃げ出そうとして腰を浮かし始めた。

 また逃げるのかとも自分の中に躊躇もあったが、北公の意思を汲み取り足りない俺には荷が重すぎる。

 いつまでも素人のフリをし続けて北公の意思など関係ないと責任を回避し続けようとした自分に情けなさも覚えた。

 だが、これはフィールドが違う。

 色々とずるい力を持ってはいるが、駆け引きが絶望的に苦手で俺が出てくれば相手に勝利を確信させて初手で精神的に敗北する俺は、どちらかと言えば戦い場がフィールドだ。


 ルカスは「待ちたまえ」と脅しているように低い声になった。

 しかし、すぐに声色を元に戻して「簡単に帰すと思うかね。折角の美味しい食材が無駄になる。ホラホア、ちゃんと座りなさい。食べてきなさい」と客を満足させ足りずに足止めする主人のようになった。


「俺がここに来たのは北公とユニオンの窓口でしかないです。ここで素人の俺が余計なことを言うわけにはいきません」


「素人だから、です」と手紙を読んだ後に黙っていたティルナはそう言った。そして、追い打ちをかけるように「焦っていますね、北公?」と付け加えた。


 焦っている。これまでの北公のやり方を思い返せば確かに焦っていると考えられる。

 北公の焦りには気がついていたが、カルルさんや他の幹部の悠然と構えている様子を見ている限りでは、“感じている”程度だと思っていた。

 しかし、手紙を読んだ二人の反応を見る限り、どうやらだいぶ逼迫しているようだ。文面から分かるほどの北公の焦りが浮き出ているのだろう。


 図星を突かれ、状況を改めて気づかされたことに動きが止まってしまった。ティルナはゆっくりと首を向けてきた。


 思い切り動揺が顔に出てしまったが、何かを言わなければと向けられた視線を外し泳がせていた。

 だが、ティルナはそのようなことなど分かりきっているかのように「いえ、答えなくて結構です」と言った。


「この間の灰白の(アッシェグラウ)早雪宣言・ドクトリーン)を私たちも聞きました。

 北公はブルゼイ族を民族として認めていましたね。その見返りとして硝石を受け取ることになったというのも察しが付きます。

 現在、ヴィトー金融協会と北公が犬猿の仲だというのはご存じのはず。北公がしたことを考えれば自ずと気がつきますね。そして、ユニオンがその協会と急接近していることも。


 私とイズミさんが、カミュを救出した際に金融協会は無関係でありユニオンの仕業だとアピールする為にどれほどユニオン国旗のワッペンをばらまいていったか。


 もちろん、カミュが“ただ”生きていたというのは、その前後における商会などの反応を見れば明らかです。


 しかし、一捕虜とは言え、金融協会頭取の娘。

 連盟政府の中枢たる三機関での立場は低くともあの金融協会。彼らが持つ力は古から絶えることなく絶大。


 カミュを生かしておいてくれたのはアニエスさんでしたね。

 ブルンベイクの名士アルフレッド・モギレフスキーの一人娘であり、独立に際しての北公軍での地位も貢献度も高いアニエスさんの人道的観念によるものである、と言い訳をすれば、特に協会の北部支部の背信行為への怒りを中和できるでしょう。

 同時に北公は捕虜に対する扱いも人道的な国家であるとアピールにもなります。

 それに今私たちユニオンが協会と行っているあの新規事業を知ればおそらく安堵に変わるでしょうね。


 アニエスさんは確かに真心のある方です。真心からかつて行動を共にしたこともあるカミュを生かそうと幹部に働きかけたのは紛れもない事実でしょう。

 ですが、その善意によりカミュを生かしておいたという事実を、北公幹部は今後の社会情勢が大きく動いたときのための手札として利用しようと画策していたかもしれないというのは否定できないのです。

 カードゲームにおいて、最弱のカードは存在しないのと同様。


 ユニオンによる予備切り札となり得る捕虜奪還に対して何も言わず、それどころか北公がユニオンに歩み寄るということは焦っていると自ら言っているのと同じでしょう」

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