表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1118/1860

北の留鳥は信天翁と共に 第八話

「お前のやり方は腹が立つ。甘い。甘すぎるんだ。誰も殺さずに和平だと? 甘いこと言うんじゃねぇよ。

 おれたちがまだ魔王なんかいるだなんて信じて、ギルドだとか仲間だとか田舎で勇者ごっこしてた頃とはもう違うんだ。

 どれだけ組織がトップダウンであっても、誰か一人を倒せば全てが丸く収まるわけじゃない。それなのに誰も殺さないとか笑わせんなよ。

 それに、もし仮に魔王がいたとしても、お前はそいつすら倒さないとか言い出すんだろ」


 ヤシマのらしくない雰囲気がどうもくすぐったくなり「そら、お前。魔王様が美少女だったらお近づきになりたいだろ?」と胸の辺りで両手で山を作る仕草を見せて茶化してみたが、ヤシマは呆れたようにため息を溢して前を向いた。


「一昔前のラノベかよ。そういうことじゃねぇんだよ」とつぶやき、「倒すべき相手を倒さないのが本末転倒だ、つってんだよ」とドアの肘掛けに肘を突いた。

「だがなぁ」と整った髭を掌で覆うように弄り始めると「お前見てるとそれが出来るんじゃないかってついつい思っちまうんだよ。それに腹が立つ」と続けた。


「だから、お前が手を汚さずに、お前の求める遠回り過ぎる和平を成し遂げる為におれはこうなることを決めたんだよ。立派な立場名だけどな、日の光の当たらない仕事も少なくない。

 罪滅ぼしの約束は守る。だが、お前の価値観を基準にしない。

 おれは止まらないぞ。お前のやろうとしているそれを影に引きずり込もうとする奴がいれば、おれがそいつらを元いた暗闇へと引きずり返すか、さらに深い闇に突き落とすだけだ。

 利用するだけ利用した後に、身動きとれないように手足切り裂いて、変な気を起こさないように頭も潰して、二度と這い出てこられないようにしてな」


 前髪を掻き上げて、「これがおれなりの罪滅ぼしだ」とネクタイを締め直した。


 それでは元も子もないではないか。誰がためにある和平か。

 無論、俺の為の和平ではない。ヤシマも含めた人間とエルフ全体の和平だ。

 お前一人泥を被れば丸く収まるとでも思ってるのか。お前自身が今まさに言ったとおり、誰か一人の犠牲で何とかなるわけではない。


 だが、何も言い返せなかった。


 自らに与えられた、そして、ヤシマたちとは違い遺された過ぎたる力を持ってしても、誰一人不幸にせず和平というのは無理ではないかと俺自身薄々感じているのだ。


 ヤシマは気を取り直したように顔を上げるとこちらへ振り向いた。そして、身体を寄せてくると肩に腕を回し、

「とりあえず、ちょっと早いが昼メシ食ってけ。ティルナとはそこで面会になるだろうな。本宅の一室に着替えを置いてある。正装で来い。大統領の前だ。その鳥の巣みたいな埃っぽくて薄ぎたねーコートで来んなよ? おれもそれには行くから、まぁ、肩肘張らなくていいぞ」

 と言って腕を放すと肩を叩いた。義手の金具が鳴る音が軽くしてヤシマは少し強ばった。


 ヤシマの言葉の節々からルカスへの敬意が見られる。ヤシマにとってルカスは商会の暗殺の手から匿い、さらに政府人事登用までしてくれた恩人なのだ。


 それがさらに怖いのだ。俺に向けて言った言葉を、ルカスにも言っているのだろう。


 俺は甘い。だから、ヤシマに人を殺せなどとは言わない。

 だが、ルカスはわからないのだ。ルカスはユリナやカルルさんと同じ“国家の人”であり、国家の為に動く。そのためであれば容赦をしない人たちなのだ。


 手を汚さないと誓ったヤシマを生かす為にここへ送ったというのに、手を汚すことが一番の恩返しだと言われた。

 俺は何の為にヤシマをユニオンに託したのだろうか。


 窓の外に広がる朝のラド・デル・マルのメインストリートの人はまばらで、まだ動きはない。住人にとっての朝はまだ来ていないのだろう。

 だが、店はシャッターを開け、通りは掃除がされ、新しい一日に向けて鼓動を早めているのが分かる。


 日は昇って久しいが、それでも消えない暗闇が鼓動と鼓動の合間には存在している。

 建物が縦横無尽に大きく広くなったこの街は、夜になっても灯りが消えなくなった。

 明るい夜は闇を育てる。そしてよく育った闇は、夜が明けても消えなくなり影として日向の街に残るようになってしまったのだ。

 これから街がどれほど発展しようとも、日の当たることのない影は影のままだ。

 そして、動き出そうとしている街から取り残された影の中には、光を避けるようにそこで横たわり息を潜める人々がいるのだ。


 俺はヤシマを街の影に追いやりたくはなかったはずだ。

 車は明るく希望に満ちた街並を走り抜けていく。俺は暗いスモークガラス越しに、その片隅に墜ちて燻る影ばかりを目で追い続けていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ