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北の留鳥は信天翁と共に 第七話

 気まずい沈黙が訪れそうになったが、ヤシマは視線を左右に泳がせた後に親指で別宅の門の外を指した。

 そこには黒光りする立派なチューダーセダンが三台止まっていた。飛び出たエンブレムでユニオンモートルの車だと分かったがクラス外の特別仕様の高級車だ。

 ハッチバックに近づきつつある昨今の車種とは異なり、あえてチューダーにすることで趣を出そうとしているようだ。


 ヤシマがそちらへ身体を向けて右手を挙げて合図を送ると、ヤシマと似たような黒いスーツにサングラスの屈強な男たちがぞろぞろと出てきた。

 そのうちの二人は別宅前の道をそれぞれ反対方向に向かって駆け出し、角を目指していった。さらに四人が車の前後左右に立ちはだかった。


 護衛が位置についたことを確認したヤシマはインカムのような何かを触り「イズミが別宅に到着した。本宅までこれから車で移動する」と囁いた。インカムの形をしたキューディラのようだ。

 どこかへと連絡が取れたようでうんうんと頷いた後、こちらを振り向くとウィンクをして門の方へと向かって歩き出した。

 仰々しさにあっけにとられてしまいボーッとしてしまったが、慌ててヤシマの後を小走りで追いかけた。

 門扉の前に止まっているセダンに近づくと、護衛に中間の車両へと誘導された。そして、ドアを開けてくれたかと思うと頭頂部を掌で掴まれ押し込むように乗せられた。

 少しばかり力んでしまい、上のドア枠を掴んでいた護衛の手に頭をぶつけてしまった。

 頭を押さえて反対側の席を見ると既にヤシマが座っていた。

 姿勢を整えて座り直すとそのドアが閉められ、同時にセダンが嘶くと走り出した。


 これでは完全に要人の護送ではないか。確かに北公とユニオンの会談の切り口ではあるが、この場に来たのは俺という単なる素人でしかない。ここまでする必要はあるのだろうか。

 カルルさんから預かった手紙の内容は見ていないが、それほどまでのことが書かれているとは思えない。

 仰々しさにまだ慣れず、まだ新しい匂いのする本革シートを撫でたり、うっすらとお香の匂い(おそらくブエナフエンテのコーヒーの花の香り)に鼻をひくつかせたりしていると、ヤシマが顎を突き出すように上げて自信ありげな笑顔を浮かべ、先ほどの沈黙など無かったかのように話を始めた。


「おれはユニオン大統領の特別官書員次席だぜ? どうだ? すごいだろ? ここがアメリカだったらウエストウィングはおれのモンだぜ?」と親指で胸を刺し、ふふーんと鼻を鳴らした。


「お前、確かに偉くなったよ」


 こいつは確かに偉くなった。勇者モドキで収入が危うくなると無抵抗な子どもの誘拐にまで手をして金儲けをしていたあの頃からは考えられないほどに真っ当な努力をしたのは分かる。

 だが、偉くなる為には良いことばかりすればいいわけではない。


「でも、俺が言ったこと忘れたわけじゃないだろうな?」


 行き場のない視線をとりあえずスモークガラスの外へ向けて落ち着かせた。

 スモークガラスも頑丈なのだろう。隅の方は入り込む光が歪んでいてまるで牛乳瓶底眼鏡のようだ。内側からでも厚みが分かる。


「忘れたわけじゃない。だが、お前を見てると不安になるんだ。やり方が甘いんだよな」


「罪滅ぼしをしろって言ったよな? また繰り返す気か?」


 ドア枠に肘をかけ、寄りかかるようにしながら咎めるように尋ねた。


「黙れよ」


 視線だけを冷たく投げかけてくると言い返してきた。

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