北の留鳥は信天翁と共に 第三話
説明役が座ると、交代するかのようにカルルさんが身を乗り出した。そして、俺とアニエスを交互に見ると「具体案がない。世界各地を見てきた諸君らの意見をぜひ伺いたい」と尋ねてきた。
唐突な問いかけであり、カルルさんの中では既に何かの答えを見いだしているようにも見えた。
アニエスは眉を寄せると困った顔になり見つめてきたので、俺は顔を左右に回し会議室にいる参加者全員の様子を窺うようにしながら身体を乗り出した。
大量の物を長距離運ぶための方法についてでいいかと尋ね返すと、一同が頷いた。
先の“灰白の早雪宣言”において反応を示したのは、ユニオンではなくカルデロンだったことに触れて、俺はカルデロンからの鉄道技術供与を提案した。
ある程度の予想はしていたが、ユニオンやカルデロンの名前が出るや否や、それはそれは非難囂々不満噴出。阿鼻叫喚の罵詈雑言。
ある者は青筋を浮かべて口角泡を飛ばし、ある者は腕を組んで飛び交う罵詈雑言に神妙に頷いている。
これまで我慢していたが言わせて貰うぞと、犯罪者の分際でこの話し合いの場にいられるのは奇跡みたいなものだから慎めと喚き、閣下のお気に入りなだけは黙って足になっていろ、とか、北公の街のど真ん中を闊歩できたのは女王様のおかげだ、とまで言ってきた。
そうなるのは仕方が無い。
というのも数ヶ月前に、捕らえられていたカミュ、金融協会頭取の娘が基地の収容施設から脱走する事件があった。そして、その幇助した人物こそ俺なのだ。
あれから黄金探しで北公軍大佐であるムーバリと協力などして先日一応の決着がつき、負傷して運び込まれていた部屋の窓には格子、ドアには鍵が付いていて逃亡を許さない雰囲気があったので、何か言われると思っていた。
しかし、ムーバリは顔を合わせればセシリアのことばかり話していて、あの件が議論に持ち上がる前には部屋も豪華な所へ移動となり、今や大総統閣下殿であり雲の上の存在であるカルルさんにも近づける機会はしばしばあったが、脱走幇助の件について何かを言われることもなかった。
南下戦線で忙しいのもあって俺の相手など悠長にしていられず、有耶無耶でお咎め無しになったのかと思っていたが、実はそうではなかったようだ。
ストレルカは終始その騒ぎを見て、「話にゃ聞いてたが、やらかしてんなぁ」と手を叩いて喜んでいた。ただの野次馬である。
ムーバリも北公幹部の一角に座っていたが、何も言わずに笑っていない糸目の微笑みを浮かべているだけだった。
カルルさんも特段動きを見せなかった。
前者はまだしも後者の二人さえも止めてくれる様子が無かったので、俺は否定も肯定も反論も何もせず音も立てないほどに黙り込み、怒れる幹部たちに言いたいことを一通り言わせて満足させることにした。
それから十五分もするとその場が一度静まりかえったので話を再会したが、俺が口を開けばまた大声を上げたりそれに合いの手を入れたりする者がまだいて満足していない様子があり、そのたびに話を中断させられた。
やったのは確かにこの俺だがそこまで言われるのはどうかと、意見を求めておいて何様だと、こちらも少し腹も立っていたので、中断される度に最初から同じことを全く同じ言葉で何度も繰り返し話してやった。
すると、カルルさんも痺れを切らして俺の発言中の横やりを禁止してくれた。
そうしてやっとフクロウのように身体を膨らませながらも青筋を浮かべるだけになった幹部たちに向けて鉄道事業について話を始められた。
カミュ救出(北公からすれば脱走)の際に、脱走幇助に直接関わったのは俺とティルナであり、救出作戦を主導したのはユニオンであることをこれでもかと主張してきた。
結果的に、その脱走珍事への北公内部での見解は、単なる金融協会の仕返しではなくユニオンによる救出作戦という見方が強くなった。
そして、ユニオンの思惑通りにややユニオン寄りだった協会がより強固にユニオンと結束を強めた。
ユニオンの目的は自ら泥を被り金融協会との繋がりを重視した作戦であり、怪我人は出たものの死人はいなかった。
結局、鉄道そのものについての説明よりも、捕虜救出の真相という名の言い訳と、国家であるユニオンではなくその国家にある一企業でしかないカルデロン・デ・コメルティオから技術を導入することばかり強調した形になってしまった。




