北の留鳥は信天翁と共に 第二話
何を話し合われるのかも分からずに司令部の会議室に向かうと、長机がコの字に並べられており、カルルさんを始めとした北公の幹部とブルゼイ族の代表者会議の面々がそろい踏みだった。端の方ではストレルカがニヤつきながら手を振っている。
遅刻したのかと思ったが、急遽の呼び出しによる途中参加であり咎められることは無かった。
入り口付近に用意されていた簡易の座席に座ると、資料が回ってくるよりも早く説明が始まった。
北公幹部の一人が立ち上がると、まずビラ・ホラへの移動手段についてを話し始めた。
ビラ・ホラは長らく前人未踏の地だったが我々北公・ブルゼイ族の探検隊の到達により、場所は判明し全世界が知ることになった。我々の部隊を後方から尾けてきていた商会所属の商人もその場所に来ていた。
だが、僅かな差で北公がビラ・ホラに軍隊を先に送れたので強奪されることはなかった。
ビラ・ホラはその正確な場所が認知されると同時に、移動手段の全くない僻地にもかかわらず商会も目を付けるほどに地政学的に重要であることも明らかになった。
またブルゼイ族の聖地でもあり、まだ連盟政府内部にいる潜伏ブルゼイ族を強制的に集めて管理統制し彼らの人権を盾にした取引を北公に持ちかける為の侵攻がなされる可能性が高い。
連盟政府からビラ・ホラへの経路上に位置するクライナ・シーニャトチカからの乾燥地帯、つまり砂漠への入り口には共和国軍が陣取り、ユニオンとのマルタン戦線や北公の南下戦線により軍を割けない状況の連盟政府によってそこから踏み込まれる可能性は低い。
しかし、商会が何か理由をつけて関与し移動魔法によって直接踏み込んでくる可能性はあった。
現時点でビラ・ホラには一個師団規模が展開されている。しかし、人員は多いが、物資が厳しい状態でもある。その原因として考えられるのが補給に問題があるからだ――。
指摘されたときにドキリとしてしまい、肩が上がるのを必死で抑えた。
これまでのビラ・ホラへの移動は移動魔法を駆使していた。俺とアニエスの主な仕事でもあった。その中でも特に時間的余裕のある俺が主体で行っている。
何か問題のあることをしでかしたのだろうか。資料を読み込むふりをしながら顔を隠し、上から僅かに目を出して会議室全体を視線だけで見回したが、誰かが睨んでいることはなく、怒りを向けられているような気配もなかったので鼻からため息を吐き出した。
話はさらに続いた。
ビラ・ホラに先んじて北公が軍を送り込むことが出来たのは、ひとえに移動魔法のおかげである。
そして、現在もビラ・ホラへの移動から補給、何から何まで移動魔法を用いている。
だが、問題点があり、現行それのみでしか繋ぐことが出来ず、輸送量に限界があり、商会を始めとした大規模組織との有事が起きた際に軍備的に万全という状態とはほど遠い。
移動魔法でのアクセスは、直接その足でビラ・ホラ到達を成し遂げた俺、アニエス・モギレフスキー中佐、ムーバリ・ヒュランデル大佐、オスカリ・ウトリオ上尉、イルマ・ユカライネン下尉、ベルカとストレルカ、エルメンガルト・コーザグシヒト・プロフ・シュテールの八名に頼るしかない。
(エルメンガルト先生はクライナ・シーニャトチカの住民だが、ブルゼイ族史の権威と言うこともありノルデンヴィズの基地に滞在する時間が必然的に長くなっていた)。
便利で素早いがアイテム無しでポータルを開けるのは俺とアニエスだけであり、その他六名がするとなると商会が存在を把握していない北公所有のマジックアイテムを共有して使わなければいけないと言うのは汎用性が低い。
万が一にも、移動手段がなくなった場合を想定し、魔法以外での移動手段を作り上げる必要がある。
“万が一にも”と説明役が言ったとき、資料を見ていたが再び睨まれたような気がして顔を上げたが、誰も見ていなかった。
それには大規模な事業が想定されるので、雇用の改善も並行して行うことが出来る。
説明役が話し終えると、会議室にいた一同は一斉に顔を上げた。そして、資料がテーブルに置かれると、紙が水鳥の羽ばたきのような音を上げた。
それについての質疑応答はなかった。幹部たちの間ではその事業は決定事項のようで、ほとんど俺とアニエスに向けられた説明のようだった。




