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失うことで得るもの 最終話

 俺は、絶対にしない、とは即答できなかった。それどころか彼女にとって一番最悪な返答である無言になってしまったのだ。


 セシリアは、彼女にとって当たり前でたった一つの答えが貰えず、さらに何も答えないという返事がどういうことか、すぐにわかってしまったのだろう。全身を震えさせて瞳に涙をいっぱいに浮かべた。

 小さな身体を怒りに膨らませて「誰も離れないって約束したのに!」と震えた大声で怒鳴った。そして、「ウソつき、ばか、もうしらない!」と両目を思い切り擦った。


 俺は手を伸ばして彼女を抱きしめようとした。しかし、大きく振り回された小さな手ではねのけられてしまった。するりと離れた身体はもうずっと遠くにあるように感じた。


「イヤ! さわらないでよ! パパの腕、冷たいから嫌い!」


 それを聞いたアニエスは血相を変えてセシリアに向かっていった。


「セシリア! どうしてそんな酷いこと言うの!? パパはあなたのためにこんな身体になったのよ!?」


「しらない! しらない、しらない! 私のことなんて、本当の娘じゃないから嫌いなんだ!」


 アニエスは息をのむようにハッと肩を上げて髪を逆立てると黙り込んだ。

 俺も頭の中が真っ白になった。その代わりに心臓を握りつぶされるかのような強い鼓動が一回だけ打ち、目眩すら起きた。

 セシリアはふぅーふぅーっと荒い息を吐き出しながら目を真っ赤にしている。


「ベルカのおじさん、ストレルカのお姉さん。もう行こう!」


 そう言うとセシリアはベルカとストレルカに手を差し出した。

 ベルカは戸惑ったように俺とアニエスを見たが、ストレルカは「おっ、偉いねェ。アタシはお姉さんなんだ」といつもの調子で言うとセシリアの手を握り返した。

 そして、状況に置いて行かれてぼんやりとしていたベルカに「ホラ、行くよ」と呼びかけた。


「二人とも、ちょっと待って貰えませんか。こんなのいくらなんでも……」

「アニエス、いいんだ」


 俺は下を向いたまま焦って二人を引き留めようとしたアニエスを止めた。彼女は「でも!」と悲しそうな顔をした。


「いいんだって……。これで」


 俺は胸焼けでも起こしたのかと思うほど苦しい胸を押さえて、まるで嘔吐くように言った。


 ベルカは困ったように後頭部を掻いて俺とセシリアを交互に見たあと「おし」と小刻みに頷き、「じゃ、行くか」と言ってセシリアの手を握ると三人でドアの外へと向かっていった。

 俺はその背中すら、見ることができなかった。



 彼女をククーシュカからセシリアに戻したとき、罪滅ぼしをさせると誓った。

 たくさん笑ってたくさんの人を笑顔にしろ、と。


 これから彼女がブルゼイ族の女王になることで、それは間違いなく果たされるだろう。


 だが、セシリアが再び遠ざかっていくような、そんな気持ちになった。俺は自分でも分かる。この子の何倍もこの子の側を離れたくない。

 嘘偽りなく、自分の傍で手の届くところで、育っているのかいないのか違いが分からないほど傍で、ゆっくり大人になっていって欲しかった。


 無理矢理にドアへと向けた視界には、閉じていくドアとその隙間からストレルカの哀れむような顔がこちらに向いているのが見えた。セシリアの背中はもう見えなかった。

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