失うことで得るもの 第三十九話
俺はセシリアに王座に就くことについてしなければいけない話を、設けられた期限である三日間きっかり、最大限放置した。
一度話してしまえば、彼女の返事など関係無しに引き離されてしまうような気がして、意地でも先延ばしにしようとしていた。
いっそこのまま無かったことになれば、黙っていればこれからもこの穏やかな日々が続いてくれるのでは、とも頭の中を過った。
俺はただ、少しでも長く一緒にいたいのだ。
だが、時間というのは基本的に意地が悪い。話さなければ話さない時間が長引くほど、話すことへの恐れが強く大きく煽り立ててくるのだ。
セシリアと三人で過ごしたそれから三日間は、これまでにないほど特に穏やかだった。
朝はカーテンの隙間から床に差し込む光が短くなってからゆっくり起きて、人もまばらになり始めた食堂の窓越しに早雪の終わりの気配のする低くなった空と雲を眺めてのんびりと朝ご飯を食べ、ノルデンヴィズ司令部の敷地内の庭で左腕のリハビリと称して昼過ぎまで三人で遊んで過ごし(義手が怖いのか、左側には回り込んでこなかった)、昼はアニエスの作ってくれたサンドウィッチを食べる。
彼女の腕は確かだ。リエッシュ、エスカベージュ、変わり種でザワークラウトといった保存食を使っているのでどれも味が濃いが、それでも美味しいのだ。
満たされたセシリアは眠たそうに何度もあくびを繰り返した。
午後、セシリアが昼寝をしている間、俺は会議に呼び出されてボサーッと椅子に座って回ってきた書類の皺を数えていたり、治癒魔法を使う衛生兵への治療の指示を遠巻きに出したり、忙しくない仕事をそこそこにやる。
アニエスは兵士への魔術教導を行っていた。訓練施設は見えないが、爆音や突き上げるような振動はときどき伝わってくる。
終わる頃にはセシリアも起きてきて夕食の時間になる。
軍の将校や政府幹部などの立場では無いが、一般兵の食堂よりもやや高級なものが出る方の食堂を使うことを許可されていた。
そこでセシリアのおかげで保存食では無いそれなりに豪華な食事を振る舞われる。
食後は、長い一日に疲れて眠くなってくるセシリアを、オレンジの少しくらい照明の中でアニエスと二人で見守りながらコーヒーや紅茶を飲んでゆったり過ごした。
優雅すぎるほどに穏やかだった。俺自身もその淡い色の日々のおかげで自らの左腕の違和感も気にならなくなっていた。
よく考えれば、セシリアは黄金探しの中で巡り会い、そして、常に張り詰めた様な日々しか共に過ごしていなかった。
その穏やかさへのギャップはあまりにも激しく、女王になるという話をしなければいけないと思い出す度に黄金探しで過ごした過酷な日々を思い出してしまう。
そして、最後まで思い出してしまうと、ありもしない左手がうずくような気がして、意味も無く左腕の義手の肘窩辺りを押すように擦ってしまうのだ。




