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勇者(45)とその仲間 第二話

 小一時間歩いて件の橋に到着した。

 針葉樹林を抜けた先にあり、比較的大きなつり橋で全長は50メートルくらいだろうか。左右計四本の主塔が橋床を吊り上げている。周囲に建物は見当たらず、人通りも多くない。迷惑なのが出るから人通りも少ないのだろう。一見荒れているようには見えない。


「橋は何ともないと当たり前のように使いますけど、いざ無くなったりして通れなくなるととても不便ですからね。私たち商会もないと困るんですよ」

「じゃあなんで商会で対応しないんですか?お金も軍事力もあるみたいだし」

「仕事、ですよ。仕事。なんでもかんでも私たちでやって失業者があふれては私たちも商売あがったりですからね」

「レアさん、やっぱ商人すねー」

「お前ら、しゃべるな!」


 前を歩いていたシバサキさんが振り向かずに小声で指示を出した。

 話していて気が付かなかったが、止められたことで沈黙したとき後方に何かいるのを感じた。橋の入り口の茂みに潜む何かが息を殺しているのがわかる。


「このまま進むぞ。気づいていないふりだ」


 彼の言葉によって一同に緊張が走った。静々と音を立てず、警戒するように橋を渡り始めた。


 わたりきろうとしたその時だ。奇声を上げたゴブリンたちが後ろから襲いかかってきたのだ。


 幸いにも武器は飛び道具はない。それぞれに棍棒や盗んだと思しき刃こぼれしたボロボロの剣で襲い掛かってくる。

 すかさず向き直り腰を低くし構えるカミーユ。戦士と言うだけある。動きが素早い。自分の体ほどもある大剣を先頭を走っていた二匹を思いっきりなぎ倒した。一匹は飛ばされ川に落ち、もう一匹は腹部から血を流し動かず気を失ったようだ。

血が飛び散り、あたりに鉄のにおいが充満する。


「数は!?」

「今飛ばしたのを除いて3だ!少ない!後方にいるかは不明!」


 先陣を切った二匹を飛ばされてもなお勢いの衰えることのない後方の三匹。

 うち一匹は体躯が他の二匹より三倍か四倍ほど大きく、やはり他よりも大きな剣を持っている。


「デカいのはあたしに任せろ!」


 カミーユは中心めがけて走り出す。懐に入る直前に振り下ろされた大剣を、同じく大剣で受け止める。

金属と金属がぶつかり合う音とともに火花が散る。

 ただ、相手の剣のほうが大きくカミーユの剣は片手剣のように見える。

 抜けてきた二匹はまっすぐこちらへ向かってくる。

 レアはナイフをだし逆手に持ち構えている。

 敵はもう目の前だ。

 俺は


何をしたらいいのかわからない!

身体が動かない!

戦う? 武器は? ない! じゃあどうする? 殴る? いや無理だ!武器を持った相手に隙だらけ過ぎる!


 気が付くと目の前には木の塊が飛んできた。

 終わったな。この大きさなら即死だ。


 反射的に目をつぶってしまった。大きな音がした。顔面にヒットしたのだろうか。

 しかし、痛みはない。目をそっと開けてみた。


 そこには棍棒を盾で受け止めていたシバサキさんの背中があった。


「コラ新人!ぼさっとするな!死にたいのか!」


 はっとした。そうだ。これは戦闘であり、狩りでも訓練でもない。相手は殺す気で来ているし、こちらも殺す覚悟で挑まなければ殺されてしまう。

 殺す覚悟。そんなことは狩猟生活の中でとっくにできていたはずだ。

 こちらに殺意の向いていない魔物を狩っていたときはそんなことを気にも留めていなかったのだ。

戦いのうまい下手にかかわらず作戦を立てたうえで襲い掛かる敵に、ただの狩りしかしたことのない自分にはそれができていなかったのだ。


「さがれ! 新人! 距離をとれ! そしてアウトレンジから魔法であたれ!」


 言われるがままに下がり橋を渡り切ったところで何をできるか考える。

 俺にはいったいどんな魔法が使えるのか。


『最初使える魔法は焚火起こすくらいの火が出せるくらいね。』


女神の言葉を思い出した。焚火を起こすくらいの火とはどの程度なのだ。

わからない。この生き死にの状況でそんな不確定要素にかけるのは嫌だ。

無理だ。できない。


「今だ―! 新人! とりあえず魔法唱えて吹っ飛ばせー!」


何だ! なんなんだ! そんな魔法扱えるわけないだろう!


 鍔迫り合いをしているシバサキさんが背中が叫んでいる。

 このままでは迷惑をかけてしまう。迷惑どころか死んでしまうかもしれない。

 だが、無理だ!

 無理だ! 無理だ! 無理だ!


 早く、早くと怒鳴り声をあげるシバサキさんの背中が少しずつ下がり始めた。押されているようだ。

そのときだ。空を切り裂く音がした。

 気が付くとシバサキさんの足には矢が刺さっていた。やはり伏兵がいたようだ。それも遠距離の弓兵だ。

 致命傷ではないが気がそがれ力なくシバサキさんは崩れ始める。チャンスと棍棒を振り上げるゴブリン。


 気がつけば俺は走っていた。シバサキさんめがけて。シバサキさんの目の前にいる棍棒を振り上げた敵めがけて。

 こぶしを握り締め、今にも振り下ろされ自分をつぶしそうな棍棒の間を縫ってゴブリンの懐にいた。

 そして、思いっ切り腹部を殴り飛ばしていた。


 棍棒は手から離れ宙を舞い、その持ち主は吹き飛ばされ、バーンと大きな音を立てつり橋の塔に激突した。


 どうやらもともと勇者だったころ狩りで鍛えていたパワーはそのままにしておいてくれたらしい。


 時同じくして大物を始末したカミーユ。


 それを見ていたのか。隠れていた弓兵が木の上から騒ぎ出した。

 木々の間から雄叫びが聞こえる。どうやら仲間を呼んだらしい。


 「マズい!仲間を呼んでいるぞ!数は、聞こえる限り多い!」

 

 気づいたカミーユが大声を上げる。援軍の多さに動揺が走った。

気が付くと腹部から血を流していた最初の一匹が隙を見せたカミーユの背後から剣を振り上げとびかかっていた。

俺はまた走った。とにかく速く。間に合うかどうかは後から考えて。


再び殴り飛ばして川に突き落とす。流されたまま浮き上がってくることはなかった。


森がざわざわとしだす。おそらくさきほどの倍以上の集団でやってくるようだ。

「オイ、新人!おめー話がある!」

ざわめきをかき消すような怒鳴り声をシバサキさんはあげた。

「この状況でケンカはするな!話は終わってからにしろ!数が多いぞ!」

聞いていたカミーユが一蹴する。

「クッソ、魔物の分際で邪魔しやがって」

ブツブツとシバサキさんが言っている。

「リーダー、ごちゃごちゃ言ってないで体勢立て直せ!」

再び声を張り上げるカミーユ。冷静なのは彼女だけかもしれない。

「あー、もうやってらんないわ!奇抜な作戦思いついたから実行するわ!」

そういうと剣を持ち直しつり橋のロープまで行った。

「シバサキさん、何する気ですか!?」

不安そうなレアをよそに、剣を両手でもち大きく振りかぶるシバサキさん。

そして次の瞬間、こともあろうにつり橋のロープとずたずたと切り始めた。

橋は大きく揺れだした。一本また一本とロープを切り続けている。

ついに橋床を支えきれなくなり崩壊が始まった。

急いで対岸に渡る。

「どうだ。俺の奇抜な作戦は?これでもうわたっては来られまい」

大声を出して笑うシバサキさん。

一体何をしでかしてしまうんだ。この人は。

対岸でゴブリンの集団が森から出てきた。橋を目指して走ってきたのだろう。止まりきれず川に落ち流されるものもいれば、立ち止まったものの背後から勢いよく押され川に落ちるものもいるようだ。

「うほー、うまくいった。うまくいった。ここが使えなければどこかほかへ行くしかあるまい」

くるっとこちらを振り向くと表情のない顔をしていた。つかつかと近寄ってくるシバサキさん。

そして、

「魔法使い風情がッ」

直後にシバサキさんの右手のこぶしが左の頬にあたった。

「素手でブン殴ってんじゃねェよ。ふざけてんのか、キサマ!」

うなだれる間もなく髪の毛をつかまれる。

「てめぇが魔法うまく使えりゃ僕はけがなんかしなくて済んだんだよ!大体なんで魔法使いの癖に魔法使えねェンだよ!クズが!そういうふうにしてっからダメなんだよ!ゴミが!いかくせぇんだよ、クソガキ!」

投げ捨てるように髪の毛を放し、地べたに叩きつけられた。

「ったくなんだよ。使えねェな。タバコ」

そういうと茂みのほうへ消えて行った。

痛いとか悲しいとか怒りとか、そういうことの前になぜだろうという気持ちが先行してあっけにとられてしまった。

「イズミさん、大丈夫ですか?」

レアが手を引き身体を起こしてくれた。

「戦闘以外で怪我しちゃいましたね。私の魔法で治療します」

暖かい光に包まれると痛みが少しだけ強まったあとすぐに治った。

「シバサキさんはイライラするとああいう風になっちゃうんです。普段はやさしいんですけどね。今までは女性しかチームにいなくて物に当たっていたんですよ」

苦笑いをして立ち上がった。普段はやさしんですけどね、というのがただのフォロー二しか聞こえないことに不愉快な気持ちがこみ上げる。普段やさしい人が人をいきなり全力でぶん殴るだろうか。

「さて、これはいったいどうしたものでしょうか」

戦いが終わり落ち着いたのかいつもの丁寧な話し方に戻ったカミーユは崩壊した橋を見てため息をこぼした。

「報酬は、おそらくないでしょうね。使えなくなったのはゴブリンだけでなくて人間も同じですし」

レアが残念そうな顔をしている。

タバコから戻ってきたシバサキはその後終始不機嫌になり、レアが何を聞いても無視をするか「あっそ」しか言わなくなり、街に戻って自然に解散となった。

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