失うことで得るもの 第三十話
実は、噂が広まったことに心当たりが全くない訳ではない。
俺たちは宣言以降もノルデンヴィズの基地で寝泊まりをしていた。
監視がしやすいと言うことで割り当てられた基地施設内部にある家族寮のようなところで、上級の将校や幹部が生活できる広めの部屋だ。
行動に制限はあるが出入りは自由なので、時間があれば昼間も夜も三人で当たり前に街まで外出していた。
あるとき、アニエスの魔術部隊への教導が早めに終わり、折角なので外食をしようということでカトウの店に久々に顔を出した。
食材も少ない時期であり細々と営業していたのでとにかく高い酒を頼み、あいつとの再会もあってだいぶ酒が進んで酔っ払ってしまった。その帰り道で仕事帰りのブルゼイ族たちとすれ違ったときがあった。
彼らは俺たちに近づいてくるとセシリアを見ながら「その子はブルゼイ族か」と嬉しそうに尋ねてきたのだ。
三人で手をつなぎ、その真ん中で両手にぶら下がったり、ぶんぶん振り回したりして笑顔ではしゃいでいるブルゼイ族の子どもを見かけておもわず話しかけたくなったのだろう。
酔っていた俺は、何も考えずにあっさりそうだと言ってしまったのだ。さらに名前がセシリアだということまで言ってしまった。
すると彼らは突然真顔になってセシリアを覗き込み、しげしげと見つめると驚いたようになった。そして、「やはり生きておられた。希望だ」と彼女を取り囲み五体を地に投げだしたのだ。
いつも通りの人見知りでツンケンとして冷たかったセシリアだが、さすがに大勢の大人が自分を取り囲み頭を下げている光景に困った顔になった。ズボンを掴んできたので抱きかかえてあげると首に腕を回してしがみついてきた。
俺がセシリアを揺らしながら背中を撫でている仕草を見た彼らは立ち上がると「あなた方は何者だ」と尋ねてきた。
鼻息を荒くして迫ってくる彼らに俺まで困ってしまい視線を泳がせていると、彼らは次第に睨みつけるようになっていった。そこへセシリアは小さく、パパと答えたので再び彼らは驚いたように固まった。
その隙に俺たちは移動魔法で部屋に戻った。
そして、その日以降も何も考えずに暇さえあればノルデンヴィズを彷徨いていた。特に大事にはならないだろうと報告もしなかった。
自分のしたことが如何に馬鹿だったかという事実に、今さらになって気がついたのだ。
「――ミさん、聞いていますか?」
ムーバリは下を向いて考え込むようになった俺の名を呼んだ。俺は「……聞いてるよ」と顎を引いたままムーバリを見た。彼はまだ困ったような顔をしているが、話を続けた。
「もし、国家再興が具体的に決まれば、すぐにでも鉱床での採掘は始まります。
もちろん掘るだけでは終わりません。遠いビラ・ホラからの運搬、工業・産業で使えるようになるまでの加工、仕事は山のようにあります。
その労働力として彼らに従事して貰う予定なのです。もちろん労働環境は悪いものではありません」
順番が曖昧じゃねえかよ、とは言わないことにした。意味が無い。
歴史はどれが真実かではなく、力を持つ者にとってどうあってほしいか、なのだ。一人の人間が違うと喚いたところで、力を持つ者の残した公文書の方が正しいとなる。
歴史とは往々にしてそういうものだ。
だが、疑問がある。
時代はブルゼリアがあった古代とは面影すら無く大きく変わった。連盟政府ですら約二百年前の成立時に王という立場を排したし、共和国も共和制へ移行し皇帝は存在していない。
ユニオンはまだ五大家族の支配が色濃く残るも、王という概念は独立の際に一切考慮すらされておらず、今後は選挙によって大統領が選ばれる。
国家再興とはいえ、時代の潮流に柔軟に対応していかなければ、すぐに崩壊することなどわかるはずだ。それを後押しする北公も崩壊は避けたいはずだ。
何故この期に及んで王国を作り、そこにセシリアという「王」を必要とするのだろうか。
「国を作るなら勝手に作れば良いじゃないか。共和制とかで民主主義国家が増えてきたじゃないか。絶対王政の王国とか専制君主制の帝国なんてもう時代遅れなんだろ?」




