失うことで得るもの 第二十九話
それでもだ。そうであったとしても、だ。
簡単に首を縦に振るまいと動かずにムーバリの目を睨みつけた。
ムーバリは瞬きすらせずに睨みつけられていることに口をへの字に曲げ、困ったような反応を見せた。後頭部に手を当て、二、三度擦るとため息を溢して下を向いた。
「仕方ありませんね」と顔を上げると「あなたにすぐに首を縦に振っていただけなかったことで、直接お伝えしなければいけなくなりました」と言った。
「どういうことだ?」
しばらく間を開けた後、
「ビラ・ホラに存在するという広大な硝石鉱床の採掘権を、北公が得られるかもしれないのです」
と言ったのだ。
間を開けたというのは、少なからず、それを言うこと、これからしようということへのやましさを抱いていたからなのだろう。
俺が先ほど、はいどうぞ、と二つ返事で了承していたら、事後報告するつもりだったのか。
とはいえ、ついに来やがった。思ったよりも早かった。
「ブルゼイ族は北公が一つの民族として認証したことの見返りに硝石鉱床を渡すと言うことについて概ね合意していました。ですが、最近になりやや強気に条件を改めて突きつけてきたのです」
ムーバリはテーブルに再び肘を突き、顎を弄り始めた。
「その条件というのも、『鉱床譲渡が行われたのは、ブルゼイ族の新しい国が出来てからであるという記録を、諸外国でも通用する書類に公的かつ公正な形で残す』というものです。
鉱床譲渡の条件として具体的にそれが提示されたのも、諸国から傀儡国家として扱われることを回避する為に、自ら国を積極的に興し、そして、鉱床を自らの意思によって明け渡したという“自らの”歴史を作ろうと試みているのでしょうね。彼らなりのプライドが生まれたのです。
それを生み出したのは、おそらくはあの噂が発端なのです。ブルゼイ族の王族の末裔がいるという噂が広まるにつれて、国家再興の機運は高まっていきました。
ですが、まだ彼らに国家を運営する力は充分にありません。国家再興のより具体的な支援をして貰った暁に北公に鉱山を譲渡したが、それは自ら進んで行ったものと記録してもらおうというわけです。
折しも閣下は先の宣言でブルゼイ族の国家再興には積極的に支援をすると表明しましたので、私たちはこの期に及んで手を引っ込めるわけにはいきません。
ですが、その条件に対して異を唱えることはないでしょう。
傀儡政権というレッテルを他国から強烈に張られてしまえば、後々に国内部での不満を煽られ、民族解放や独立支援という名目で軍事的介入に利用される可能性もあります。
むしろ自立のアピールは歓迎すべきだとも私は考えます」




