失うことで得るもの 第二十七話
はっはと口を開けて笑うと、「そんなものは最初からいませんよ」とやっとコーヒーに口をつけた。
一口飲むと「それとも、魔王というのは私のあちらの上司のことですか?」と冗談めくように口角を上げた。
あちらとは共和国だ。つまり、マゼルソン法律省長官だ。何かと話の影にはいつもいる。黒幕といえばそうかもしれないが、あちらには同じかそれ以上に黒い者もいる。
それを考えると、共和国に限らずどいつもこいつも黒くなってしまう。目の前で笑っている男さえも。
「ありゃ魔王と言うより……いや、魔王とかそういうのは失礼だな。政治家としては正直なところかなり立派だと思う」
そういうとムーバリは両眉を上げた。そして、「意外と敬意を抱いているものですね」と少しも減っていないカップをテーブルに置いた。
気を取り直すように座り直すと「さて、本題に入りましょう。ブルゼイ族のキャンプである噂が流れているのはご存じですか?」と尋ねてきた。
「知らん」と即答して窓の方を見た。
「“ブルゼイ族の王族の末裔がノルデンヴィズにいる”というものです。私たち知る者からすれば、噂でもない紛れもない事実ですが」
「そうだな。だが、俺の娘だ」
「ブルゼイ族の新たなる希望として囁かれています。何せ、途絶えたはずの王家の正統な末裔が生きているともなればひとしおです」
「どうするつもりだ? セシリアは俺の娘だぞ」
わざわざ尋ねなくても分かる気がする。尋ねる理由はただ一つ、気になることがあるからだ。それがセシリアにとって幸せなのだろうか。
そして、娘であると言い続けるのは、俺自身に恐れがあるからだ。
北公が、今まさにムーバリが伝えようとしているそのことが実際になったときに、セシリアが俺の娘ではないということが明らかになるからだ。
「何度も言うあたり、あなたも薄々勘づいているのではないですか?」
「セシリアが俺の娘であることに気がついたのはずっと昔だ」
往生際が悪いのは分かっている。俺は空のカップを意味も無く持ち上げ、そして、視線を離すようにするために目をつぶり、カップで顔を覆うようにしてその縁に口を付けた。
「セシリアにはブルゼイ族が新たに作る国の女王となっていただきます」
ムーバリは躊躇無くそう言った。必死で作り上げた言い訳と心理的な壁などまるで通じない。
いつまでもとぼけ続ければムーバリも腹が立つかと思ったが、表情を一つも変えていない。それどころか、見えていたそれから必死に逃げ回る俺が惨めでしかない。
クソが。そうだろうとは思ってはいたが。




