失うことで得るもの 第二十四話
さらに、何処かで間違った噂が広まったのか、クライナ・シーニャトチカを北公の一部だと勘違いしたブルゼイ族たちが集まり始めているとエルメンガルトから連絡が来た。
クライナ・シーニャトチカが所属しているピシュチャナビク領は連盟政府である。
連盟政府の中でもとかく地味な領地で、所有する軍隊規模も大きくなく、人数も領土の人口比にしては少ない。
その軍はマルタン戦線や北公の南下戦線にほとんど全てが回されていて、最低限の治安維持も怪しいほどだ。
現領主エドアルト・アラム・フォン・ニカノロフ・トゥ・ピシュチャナビクは、連盟政府の中枢である弁務官たちにブルゼイ族が押しかけている報告など出来るわけもなかった。
弱小領であるがゆえに、対応に来た他所の領の者たちに乗っ取られてしまうことを恐れたのだ。
(資源や魅力の無い土地でも人がいれば税収が見込める。魔石はエノクミア全土で採れるので、運用次第では収益を見込める。シバサキのブリーリゾン領の乗っ取りのように、よくあるらしい)。
ニカノロフ氏はエルメンガルトを通じ秘密裡にカルルさんとのコンタクトを取り、押し寄せるブルゼイ族への対応を扇いでいた。
彼は最悪の場合北公への従属さえも覚悟していたようだが、カルルさんが始めた戦いは独立戦争であることや、ピシュチャナビク所属の軍人たちがまだ前線にいること、北公と友学連に南北を挟まれた連盟政府の盲腸領であり従属であろうと帰属であろうと北公に組み込めば連盟政府を刺激するとの見解を北公が示し、強要はしなかったのだ。
北公が連盟を刺激しようとしなかったのは、おそらく硝石の確保がまだままならないからだろう。もし万が一にも硝石が確保できていたら。
会談の場に居合わせたのだが、従属を強要しないこと、帰属も積極的には受け容れないことをニカノロフ氏が聞いたときに彼は首を突き出して目を見開いていた。
驚いたが拍子抜けをしたというより、どこか少しがっかりしているようにも俺の目には見えた。
ニカノロフ氏は自己主張が苦手な性格だと聞いていたので、彼は「最悪の場合」と言ったが、無理矢理にでも(もちろん会談の場において強い言葉を用いられて)北公に従属させて貰いたかったのではないだろうか、俺は思わずそう勘ぐってしまった。
帰属ではなく無理矢理従属させられてしまったという、彼にとって「最悪の場合」であるのだから仕方なく、という形で連盟政府と必要以上の軋轢を生まずに勢いのある北公に加わるというのは弱小領であるから効果的かもしれないが、おそらく北公の一部の血気盛んな上級将校たちは気に入らないだろう。




