失うことで得るもの 第二十話
カルルさんの宣言草案は、スヴェンニーがブルゼイ族を認める、ということだ。
かつては蔑んでいたスヴェンニーが何度も勃興を繰り返し今では長い統一体制を誇った連盟政府から独立するほどに力を付けた。その一方でブルゼイ族は自らの過ちによって没落離散。
立場が入れ替わったのだ。プライドも何も失い、もはや一族の体すら成していないブルゼイ族をスヴェンニーが支援すると言うことは、スヴェンニーがかつての歴史を許容するということだ。
おそらくブルゼイ族は一族再興を果たす。その見返りとして――見返りなどというギブアンドテイクだけの冷たさのある表現ではなく、恩に報いるという、より赤い血の通った形で硝石を差し出さないとは言い切れないのだ。
何度も繰り返し考える内に色々とわかってきた。
クソ。ムーバリがセシリアに優しいのはそういうことだったのか。最初から、それこそベルカとストレルカに誘拐されたあのときから。
まだ子どもだからブルゼイ族だろうと関係なく良心に動かされて保護していたわけではないのか。
だが、その戦略的な優しさのおかげでアニエスもセシリアも、そして俺自身も困難を乗り越えて生き残ることが出来たのは確かなのだ。
それに監禁して無理矢理協力を引き出そうというのなら、セシリアとアニエスを二人まとめて無理矢理にでも引き離し、姿を見えないようにして生死も不明にしていた方が効果的なはずだ。
人質というようなことをせずにあえて寛容な姿勢を見せているというわけだ。
それにしても、俺は一体いつから連盟政府の敵になったのだろうか。
カルルさんの宣言を放送することに対して嫌悪を抱かなかった。それにより争いが収まるとは思えない。
争いの中心にはいつも連盟政府がいるんだからいっそやっちまえ、放送を止めるどころか、むしろするべきではないだろうかと思っている。
これからも絶えず争いを起こし続けるのであらば潰れてしまえという、自分の目的との矛盾な思考すら過るのだ。
一人一人の死を無視せずに争いを完全に止めるというのはもはや不可能。だが――。
それ以上は考えるのを止めた。
だが、カルルさんの宣言によりブルゼイ族とスヴェンニーは一つになる。これまでの彼らの間で起きていた諍いは全てなくなる。
周りが力を付ければ、いつまでも相手を屈服させることしか考えていない連盟政府を押さえ込むことが出来るかもしれない。
結局、暴力に頼るしかないのだろうか。確かに、暴力は全ての争いに決着をもたらす。だが、そう暴力を賛美するヤツらは、自分が暴力で負けそうになると暴力に反対しだす。
ならばこちらが圧倒的であればいい。相手が手を出せないほどに力を持てばいい。自分に力が無いのなら集めればいい。
力は持つまでに時間を要する。その中途半端な時間が一番争いを誘発するとか、多くの矛盾があるが、その全てを無視してそう考えるようにした。
「いいだろう。キューディラジオでの宣言は放送してやるよ」
ムーバリはおや、と声を上げると驚いたように両眉を上げた。
「随分あっさり承諾してくれましたね。まだまだ色々聞かれて、何をどう答えれば角が立たないか考えていたところですが」
「俺にも色々あるんだよ。それは今は置いておく。
だが一点、放送の方法は俺が決めさせて貰うぞ。収録音源の配信にしろ。カルルさんに声明文を読んで貰って、それを録音して放送する。録音に際しては俺たちとお前、カルルさんと信頼のおける者だけで秘密裡に行う」
「何故ですか?」
「ライブ配信が理想的だが、危険が伴う。俺はユニオンの独立宣言で、あー、まぁ色々あった。だから、ライブ配信はしたくない。
ポルッカみたいなのが他にいるとも限らないだろ。連盟政府の暗部も混じっていないとは言い切れない。お前も元はそうだしな。
急いだ方が良いだろう? 俺は動ける。ありがたいことに利き手は問題ないしな。左腕のリハビリは動きながらやる。お前と話しながら煮豆を潰さずに掴む練習でもするさ」
そう言うとムーバリは「ありがとうございます」とにっこりと笑顔になり、右手を差し出してきた。俺はそれを右手で思い切り握り返してやった。
だが、ムーバリは剣も槍も器用に扱える諜報部員だ。魔法に頼りきっている俺などでは握力で敵うわけもない。
ぐりぐりと筋が浮かぶほどに力を込めても「これはこれは、手痛いですね」と愛想笑いをされるだけだった。




