失うことで得るもの 第十二話
閉まると病室は嵐が去ったように静まりかえった。ドアノブが異様に丁寧に閉じられたことでそこに音が収束していくように静まりかえった。まるで俺たちまで耳が遠くなったような気分だ。
三人以外の誰もがいなくなったのでアニエスとセシリアが抱きついてきても良さそうだが(別にそうして欲しかったワケではない。決して)、博士の勢いにそれを押し込まれてしまったようだ。
おそらく、俺が意識を取り戻す少し前に二人は部屋に来ていたのだろう。そのときにはすでにいた奇妙で豪快な博士に圧倒されてしまったのだろう。
二人は驚いた表情のまま、アニエスはベッドの傍に、セシリアは少し離れた壁際にいるだけだ。
俺が壁際のセシリアを呼ぼうとしたとき、ドアがノックされ「失礼します。入りますよ」と声がすると、ドアが開かれた。
北公の灰色の軍服に身を包んだ色白で黒髪オールバックの男、今度はムーバリがリンゴの入った籠を持って部屋に入ってきたのだ。
「お目覚めですか。博士は……戻られたようですね」
廊下の先に大股で消えていく博士の後ろ姿を、ドアから上半身だけをそり出して目を細めて見つめながらそう言うと、ドアを閉じてベッドの側へと近づいてきた。
アニエスはムーバリに籠を渡されると、リンゴを二個ほど持ち上げて早速剥き始めた。
「不思議な方でしょう。アスプルンド博士は」
「いや、何が何だか、もう」
「彼なりの気遣いですよ。腕や足を無くして意識を取り戻した直後にあのテンションを押しつけて、ショックを和らげようとしているのです」
「じゃあの大声も勢いもお芝居ってことか?」
ムーバリは、はっは、と笑うだけだ。ああいう感じは元からのようだ。
「そのためにあなたが目覚めるのを待ち構えていたのですよ? 不器用な方ですよ」
言われてみればショックなことだ。
意識がない俺の横にずっといたのはアニエスでもセシリアでもなく、鼻息を荒くしたゾウ耳親父だったのか。
もちろんそれではなくて、左腕がなくなってしまったことだ。
かつての仕事の関係で歯が一本なくなることですら喪失感があるということはよく知っていた。腕ともなると一入だったはずだ。
俺自身、腕がなくなってしまったことに喪失感を一切覚えていないわけではない。しかし、それほど強いものではないのだ。
左腕を目線よりも僅かに高めに上げた。そして、窓の光の差す方に掌を向けて開いた。指の隙間から見える窓の光が黒光りする。指を動かすと影は移動して、不思議な模様を浮かび上がらせては隠す。




