失うことで得るもの 第十話
「それは置いておき、強度の心配はいらんぞ! 人間の腕なんざ、もともと肉でも弱いじゃないか。
炭素は確かに熱に弱い。ダイヤモンドなんかは硬いが、たかだか600度で黒鉛化してしまう。その義手に至っては、ダメになる温度はおそらく200度ほどでしかない。
だが、よく考えろ! そもそも君の生身の腕は100度に耐えられたのかね? もちろん、魔法による強化無しで、だ。
もしそうなら、死後に遺体を私の研究チームに捧げてくれ! バラバラにして解析すれば、素晴らしい新素材が出来るぞ!
冗談はさておき、人間の皮膚が焼けて使いものにならなくなるくらい温度に達してしまえば、腕どころか身体がダメになる。この義手だけ元気なワケだ」
アスプルンド博士はピタリと動きが止まった。今度は何が起きるんだ。起きたんだ。
異様な仕草から視線を外せず、思わず固唾を飲み込んでしまっ
「それでは意味が無ぁぁぁい!」
こちらの不安がこみ上げるよりも早く、額に青筋を浮かべると唾や吐息が髪の毛を揺らすほどの大声を上げた。突然の目の前からの突風に首を後ろに下げて目を細めてしまった。
言わずもがな、またしても左腕を掴まれ引っ張られた。そして、博士は俺の左腕を自らの左手に乗せて、右手の人差し指で下膊をなぞった。
「それとも、君はこの腕を廃熱が必要なくらいの重火器にでもしたいのかね? 私の開発した銃をつけたいのかね? そうではないだろう。君は魔法使いだか、賢者だかだろ?
ああ、その呼び方はもう時代遅れらしいな。最近は高度魔術ナントカ師、だったか? まぁどうでもいい。
今はー時代が時代だ。確かに君の立場を考えれば戦う機会もあるだろう。
だが、振り回すのは杖であって拳ではないだろう? ぶん殴る拳を重たい鉄に置き換えて得る強度よりは、自然な感覚で杖を操れる方がいいはずだ。
そして、その自然の感覚を大事にするべきだというのが私の考えでな。体重の3パーセントに仕上げることで左右の不安定さを感じないはずだぞ! さっきも自然に起き上がれたではないか。誤差はあるが、私の技術は生体の感覚を上回るッ! あっても時期慣れるはずだ。
金属で汗疹も起きないぞ。接合部はお馴染みの炭素材料にしてあるからな。これで肌の弱い貴族のお坊ちゃんでも、長い夜も安心だ! 貴族なんかもういないがな! わっはっは!」
博士は腰に手を当てると豪快に口を開けて大声で笑った。唾が霧吹きでかけられたように顔に飛んできた。
「あ、いえ、ハイ」
話が次第に進むにつれて、具体的で科学的な話が増えてきてこの人は本当に天才なのだろうかと思い始めてあっけにとられてしまった。
顔に付いた唾をその左手で拭うと、頬に金属の冷たい感触があたる。
左腕の喪失感も収まり(きっと一時的で後でぶり返す)、妙な落ち着きを取り戻していた。




