失うことで得るもの 第九話
「炭素は便利なものだ。人間の身体でも多い。と言うよりも有機体である以上、切っても切り離せない。私は炭素が大好きなのだ! それとも君はーケイ素の生命体か!? そんなワケなかろう! わははは!
ちなみに、露出面表面も特殊な炭素の透明な樹脂でコーティングしてあるぞ! 非常に便利なんだがこいつが厄介でな、吸水性があるから汚れやすいんだ。
だが、普段はペースト状で自然界には無い光の波長で固まる樹脂だ。汚いなら落としてしまい、再び塗って固めればいい!」
日本での仕事柄、たぶんそれはよく使っていた。今となってはどうでも良いが、光重合のレジンか何かだろう。
しかし、それよりも義手と言えば、ある程度の強度が大事なはずだ。(とある漫画の影響でそう思っている)。
「炭素……。ダイヤモンドの同素体だけど、強度が落ちないのか? カーボンナノチューブなんてまだあるわけでもないし、それに炭素となると熱にも弱いだろうし」
左手を持ち上げて外転させたり掌を閉じたり開いたりを見つめながら、届いていないだろうと思いながら独り言をぼそぼそと言った。
すると博士は飛び上がるほどに背筋を伸ばしたのだ。どうやら聞こえてしまったようだ。空飛ぶ鯨でも見た少年のように目を輝かせるとこれまでよりも大きく耳を振り回した。
風に前髪が揺れて、ゾウ耳が顔にぶつかりそうになり眼瞼が引きつってしまった。いよいよ危ないので首を後ろに下げた。
博士もさすがに気がついたのだろう。ゾウ耳を後ろに下げつつ顔を前に向き出すような奇妙な姿勢で近づいてきた。
「よく知っているなぁ、君はー! やはり北公の予算でコレを付けようと閣下に迫った甲斐があるぞ! 技術者冥利に尽きる! ところでなんだね、その“カァボンナノチュウブ”とは!? ああ!?」
ゾウ耳を付けているのでほとんど独り言のような先ほどの言葉もしっかり聞き取れているはずなのだが、それでもその耳が遠くて聞き直すような話し方は治らないのか。もはや癖なのだろう。
「た、炭素のナノサイズのチューブです」
「なのさいずのちゅーぶ? よくわらかんな! 今度君の体力が戻ったら、じっくり話を聞かせてくれ!」
博士の言うとおり、体力があまりない。全く動かないと四日間程度でもすぐに筋力は落ちる。
疲れた。疲れ切った。
話すだけで何故ここまで疲れるのだ。もう横になりたい。体力が無いと分かっているなら、家族の時間に解放してくれ。
俺はぽつりとつぶやいてしまった余計な独り言が聞こえていなければ良かったと思ってしまった。
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1630話からいよいよ最終章です!




