失うことで得るもの 第七話
わざとやっているのではないかと思うその返答に腹が立ち、ほとんどヤケクソで唾をまき散らしながら怒鳴り散らした。
しかし、声が届くと表情は再び穏やかになり、唾が飛んでこようが何があろうが気にもしていない様子で、うむと当たり前のように頷いた。
「そうだとも! ムーバリ上佐がー持ち込んだ共和国製チャリントン三年式二十二口径拳銃を用いて二十二口径小銃を作り出した天才その人である!」
自分で言いやがった。確かに天才であることに変わりは無いのだが。
苛立ちで眼瞼がひくついているのが自分でも分かるほどだが、それを気にもせず博士は話を続けた。
「すまんなぁ。爆発と工場の爆音と周波数の短い強烈な振動が好きすぎて私は耳が遠かったり、その他に身体に不調を来したりで色々なのだよ! 声が大きいのは許しくれ給え!
目はしっかり見えているし、頭もしっかりしているから安心したまえ!」
どこからともなく直径五十センチはありそうな半月状のものを二つ合わせた白い物体を持ち上げた。
そして、中心部に見えていた黒いバンドを緩めると、そこに向かって頭を持っていき再びバンドを調整して頭に固定したのだ。さながらゾウの耳ようである。装着すると同時に満面の笑みを浮かべて、
「君はー、病み上がりで声がかすんでいる。だが、もう安心だ! これで多少は聞き取りやすくなるぞ! 耳が遠いことを理解して貰っていない状態でこれを装着していると変人に思われるからな!」
と両手をゾウ耳の後ろに回して軽く叩いて揺らすとに自信に満ちあふれた顔をした。
誰も思わん。
アスプルンド博士と名前を何度も聞いていて先入観とか前情報といった第ゼロ印象では、いったいどれほど賢く偉大な人なのかと思いきや、出てきたのは珍妙なゾウ耳を付けたただの大声オヤジだった。
第一印象からこの博士を変人だと思わんヤツはおそらくいない。北公では博士を知らない人の方が少ない。第ゼロ印象とのギャップで一体どれほどの人を混乱させてきたのだろうか。
会話に困るくらいならゾウ耳による第一印象の混乱は無視していいだろう。聞こえないよりよっぽどマシだ。最初から付けていてくれ。
自己紹介にここまでの時間と体力を消費するとは、ある意味天才故に飛び抜けた異端の人だからなのかもしれない。
天才はこちらの疲労困憊も混乱も見えていないかのようにまた無視して話を続けた。
 




