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失うことで得るもの 第五話

「どうだね? 私がーこれまで作り上げてきた多くの物の中において最高傑作とも言える魔工万能義手(マジネリンプロテーゼ)の使い心地は?」


 アニエスと位置を入れ替わるように白衣の老人が前に出てくると、何やら上機嫌に尋ねてきた。

 しかし、気がついたら左腕が無くなっていて、さらにそこには思った通りに精巧に動く義手が取り付けられていて、どう答えたら良いのか分からなくなってしまった。


「頭が追いつかない。もっと喪失感があるのかと思ったけど、思い通りに動く。

 でも、冷たかったり熱かったり、触覚がないことでまた腕を無くしたことを実感させられる。

 それの入れ替わりが激しくて、頭が、追いつかない」


 少しぼそぼそとなりつつそう言ったが、聞こえてはいたはずだ。アニエスは言葉に眉を寄せている。

 しかし、老人は何の反応も見せずに口と目をぽっかりと開けて俺を見つめている。

 しばらく呆然としていたかと思うと、「なに? 今、なんと言った!?」と突然顔を鼻息が当たるほど近づけてきた。

 人間の臭いにしては有機的ではないような、機械油か何か、例えるなら埃の混じった松ヤニの匂いがした。


「頭が追いつかない」


 俺は下を向き頭を抱えてぼそぼそと言った。額に触れた両手はそれぞれに違う感触だ。右は温かく、左は冷たい。右腕は髪に触れるとそれが指の間に落ちてくるものまで感じる。

 しかし、左腕は何に触れているか、見なければ分からない。奇妙な感覚に頭が追いつかないのだ。


「なんだってェェェ!?」


 老人はメタルタトゥーが付いたり部分的に白くなったりしている掌を耳に当てて再び大声で尋ねてきた。先ほどの大声を耳元で発せられると鼓膜に痛みが走った。


 クソ野郎! わざとやってるのか! 俺は混乱しているって言うのに!


「頭が、追いつか、ない!!」


 人の懊悩を無視して土足で踏み散らかすような態度に腹が立ち、俺は両掌で口の周りをメガホンのように覆うようにして自棄になり怒鳴り返した。

 半分が金属なので思った以上によく響いてしまった。突然の大声にアニエスもセシリアもびくついていた。

 すると老人はしばらく無表情で黙り込んで瞬きを繰り返した後ににっこりと笑顔になり、やっと離れてくれた。どうやら言葉が聞こえたようだ。


「うんぬ、そうか! まぁそうだろうな! 義手を付けた人間、最初はそんなものだ!

 だぁが、私の魔工万能義手は優秀だぞ! 何せ付けた者は皆口を揃えて“何も無い。あるのは違和感だけだ”というのだからな!

 つまり、腕を失う前と同じと言うことだ! 希に幻肢痛を訴える者もいるがな! すぐに慣れる!」


 睫毛が震えるほどの大声で1メートルも離れていない位置から自信満々にそう言った。

 声の大きさは自らの抱いている自信によるものではない。自信の乗った声ではなく、元々の大声にさらに自信が乗ったような感じなのだ。

 そして何より、何度も聞き返す仕草から察するにこの人は耳がとても遠いようだ。


 俺は左腕という自らの身体の内側からの不快感からでは無く、外から押しつけられるようなそれにより、この騒がしい老人が何者なのか気になった。


「あなたは、誰なんですか?」

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