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失うことで得るもの 第四話

 俺は今ベッドの金属製の手すりに左手で掴まっているはずだ。

 先ほど右手が僅かにそこに触れたとき、金属特有の吸い付くようなヒヤリとした感覚があった。だが、左掌にその感覚は全く無い。


 気持ち悪さがあり、左手を見た。袖がまくれてはらりと落ちると、そこには手と手首の形をした金属があった。

 右手で触れると冷たく、それをなぞるように肩まで触ると左肩に右手の血の通った温かい感触があった。


 俺は混乱した。左手はある。今も思った通りに、というよりも無意識に動いて身体を支えていた。

 掌を顔の方へ向け、指を細かく動かした。親指で薬指から人差し指まで順に触れていった。爪など無いが、爪と爪の先を合わせるような細かい動きも出来る。

 自らの腕を動かす為にここまで動きを意識したのは初めてではないだろうか。


 だが、感覚が無い。触っている、柔らかい、硬い、熱い冷たいという感覚が無いのだ。金属と金属が触れ合うときの僅かな振動が左肩に伝わってくるだけだ。


「なんだ……これは……」


 タイプライターを打つような音を立てて思い通りに動く左掌を見るとますます混乱した。


「おや、どうしたんだね。そんな顔をして? 魔工万能義手(マジネリンプロテーゼ)を知らないのかね?」


 動く、動かせる指を見ていると何も考えられなくなっていた。その視界の隅に先ほどの老人が身体を直角に倒して顔を覗かせてきた。


義手(プロテーゼ)?」


 何故ここに義手があるのだ? マジネリンプロテーゼは知っている。シリルが使っていたヤツだ。

 俺が尋ね返すと白衣の老人は「そうだとも」と大きく頷いた。


「イ、イズミさん、落ち着いて聞いてくださいね」


 アニエスが前屈みになり顔を近づけてきた。眉は下がり、今にも泣き出しそうな顔をしている。


「あ、あなたは私を助けようとして、あの破砕機に、左腕を、その……」


 勢いよく早口になっていたが、続くほどにまた口をもぐもぐと詰まらせて言葉を失い、視線を泳がせてしまった。

 アニエスの言いかけた言葉で俺は自分に何が起きたか、やっと理解することができた。


「左腕が……ない?」


 破砕機に飲み込まれる寸前までの記憶が、心臓をたたき上げて調子を上げてそれに伴って起きた吐き気で戻ってくる。

 そうだ。俺はアニエスを投げた後、左右非対称で異様な高速回転をしていた破砕機に、杖と共に左腕を飲み込まれた。


 そのとき、まさに破砕機の羽に左手を飲み込まれていく瞬間の記憶が無いことが幸いだ。

 意識がそちらに向かうと思い出そうとしてしまうが、飛んでいくアニエスの姿以外は思い出せない。

 しかし、身体は痛みにしろ何にしろありとあらゆることを覚えているのか、腹の底が押しつぶされるような得体の知れない恐怖だけが込み上がってくる。


 無いはずの左腕は、感覚は無いがこうしてある。その感覚が次第に強くなっていくと、まるでマジックハンドでものを掴むような感覚になってくる。

 マジックハンドのつかみ取るにはコツがいる動きが必要なのではないかと慎重に動かすが、その指の先まで精細な動きをするそれは、自分が頭の中で動かそうと思った通りに動くのでさらに混乱するのだ。


 セシリアは左腕が怖いのか、部屋の隅で硬直して近づいてこようとしない。これまでの人生で義手など見たことがないのだろう。

 無事なことに頭を撫でてやりたいが、近づいて怖がらせるわけにはいかない。足腰動かせたら俺は一方的に近づいてしまっていただろう。来てくれないのは寂しいが、怖がらせずに済んだと思うようにした。

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