失うことで得るもの 第二話
横たえられていた身体を起こすと同時に、辺りを見回すよりも先に声を上げてしまった。まるで麻酔の最悪の目覚め方だ。
視界にはアニエスとセシリアが見えている。やはり二人とも無事だったようだ。
だが、二人とも青い顔をしている。助かったというのに何故そんな顔をしているのだ。
まだ何かあるのではないだろうか。そう思い左右を素早く見回すとすぐ横に白衣を着た老人が立っていた。暴れるように起き上がった俺を目を見開いてまじまじと見つめている。
「二人とも無事なんだな!? ここはどこだ!? 無事ならいいんだが、どうなってるんだ!?」
「起きたかね。だいぶ錯乱しているようだが、元気そうだな」
最初に聞こえていた声と同じだと気がついた。何かを言っていたのはこの老人のようだ。
鼻筋は太くエルメンガルトほどではないがかぎ鼻で、そこにつながり広がる額は眉と目が近い故にさらに広く見えており、すっぱりと刻まれた額の皺の上では散らかった白髪が身体の動きに合わせて揺れている。
ただの白衣の老人のようだが、仕草の一つ一つに妙な緩急がありおかしさがある。
「じいさん、あんたは誰なんだ!? ここはどこだ!? シバサキはどうなった!? あいつは捕まったのか? モンタン、ムーバリはどうした!?」
質問を繰り返した俺を見るとニカッと笑いかけて「この調子なら記憶や意識に障害はなさそうだな」と言いながら側を離れた。
そして、ドアに向かうと「おーい、誰か。イズミ君が目を覚ましたぞ」と大声を出していた。
何をしているのか分からずに混乱していると、青い顔をしていたアニエスが近づいてきた。
「お、落ち着いて。大丈夫です。も、もう全部丸く収まりました。
私もセシリアも無事です。ムーバリ上佐も無事です。ベルカとストレルカも無事で今は上佐の傍にいます。
シバサキは、聞いた話でよく分かりませんが、レアさんが連れて帰った模様です」
「ビラ・ホラはどうなったんだ? 北公に侵略されたのか!?」
「そんなことはないです。その、少々ややこしいのですが、今は北公がビラ・ホラを守っています」
北公がビラ・ホラを保護? 占拠して硝石を搾取しているのではないのか?
今度は頭がこんがらがってきた。話が違うではないか。だが、その混乱のおかげで興奮は収まり始めた。
「どういうことだ……。北公はビラ・ホラの硝石奪取が目的じゃないのか……? なんで、北公がビラ・ホラを守っているんだ?」
「カルルさん、閣下はブルゼイ族とスヴェンニーの関係性について、それから硝石についても全て最初から知っていたようです。それで民族の再統合を行おうとしていたのです」
「よくわからない。クソ、やっぱり知っててしらばっくれてたんだな。ムーバリクソ野郎、何が黄金探しだよ。騙しやがって。だが、とりあえずみんな無事なんだな?」
アニエスに繰り返し尋ねると「そうです」と頷いた。それを聞いて少し落ち着きを取り戻すことができた。
右手で顔擦ると顔が熱くなった。少し熱があるのか掌を熱く感じた。一度掌で目を覆い、今度は落ち着かせようと顔を再び擦った。
「そうか……」




