失うことで得るもの 第一話
「素晴らしいだろう! コレは、んん!? どう思うかね!?」
やたらと大きな、初老の男性の笑い声が聞こえた。
聴覚から戻り始めた意識の中で最初に分かったのは、まだ俺は生きていると言うことだ。
しかし、聴覚でさえもまだ壁を二、三枚隔てて聞こえる音のような程度だというのに、男性の笑い声と彼が何を言っているかをはっきりと聞き取ることが出来た。
それをたぐり寄せて頭の中心、脊髄か小脳か、その辺りからスロー再生したドミノ倒しの動画を見ているように感覚が広がっていった。
そして戻り始めた触覚が早速刺激された。左肩の先で何かが動いているのを感じる。冷たい、いや、人肌よりも僅かに温度が低い何かが触れているような感覚だ。
「貴重なヤプスール隕鉄だ。ニッケル10パーセントのオクタヘドライト型隕鉄。綺麗ぇぇなウィドマンシュテッテン構造だろう!? あえて表面をナイタールでエッチングしてこれを出したのだ!」
さらに聞こえた声は先ほどよりも大きく耳元で聞こえてきた。隕鉄がどうとか、いったい何の話をしているのだろうか。
ところで、俺はさっきまで何をしていたのだろうか。
どこかに落ちていくアニエスに手を伸ばして捕まえて、それから何かの外に放り投げてからの記憶が無い。まるで夢でも見ていたのではないだろうか。
セシリアはムーバリに任せていた。アニエスも放り出せた。二人ともミンチにはされていない。気になるのは二人の安否ばかりだ。
ミンチ? なんだ? ハンバーグか? 俺はあのとき何をしていた? なぜ二人が心配だったのか?
なぜ、落ちていくアニエスに手を伸ばしていたのか?
アニエスと共に俺はどこに落ちていったのか――。
最後に聞こえた音が頭の中に響いた瞬間、全てを思い出した。そして、意識が爆発するように全身を駆け巡り一瞬で覚醒した。
そうだ。思い出した。アニエスがシバサキによって破砕機に放り込まれた。
俺は破砕機に落とされたアニエスを捕まえて外に放り投げて助け出すことに成功はしていた。セシリアも無事なのは覚えている。
しかし、俺は二人を見届けた後に腕がどこかに引っかかって動けなくなってしまい、シバサキをそのままにしていた。助けることばかりに気持ちが向いていて、全ての元凶であるあの男のことを無視していた。
これはマズい! 一番ヤバいのを放ったらかしにしてしまった!
「おい、シバサキはどうなったんだ!? みんな無事なのか!?」




