まだ遠き旅路の果てで 第三話
「元を辿れば、ノルデンヴィズ南部の戦線を拡大するように北公を焚きつけたのはあなた方ではないですか。
魔法ではない煤けた戦争の匂いを嗅ぎつけたあなた方は、未来という名の不確かなものを高値で売りつけようとしていましたね。
だが、悲しいことに北公は豊かではない。そこで閣下はある指示を出された。
その指示の中で私たちに探せと命じられたのはあくまで黄金。それ以上のことは言いませんでした。それがなければ私たちは何もしない、ですよ。
私たちは私たちの国の理念に乗っ取り、自らの意志でブルゼイ族の小さな女の子を助けただけです。ここでの行動の責任は全て任されているので、私も二人の部下も始末書は必要ありません。
ああ、あなたのお友達のポルッカは、どうでしょうね。まあ大丈夫でしょう。彼女は早々に北公に帰らせて今は地元で療養休暇中ということになっていますからね」
「なぜ? あなた個人でそのようなただのボランティアでは済まされない国家民族を跨ぐ重大な判断を勝手にして――」
レアは肩をピクリと上げて言葉を飲み込むと、白面布から覗く目だけを大きく見開いて見せた。そして、ゆっくりと顔を下に向けると目を閉じた。
マチェテを下ろし腕の中のどこかへしまうと「いえ、そういうことですか。よくわかりました」と背中を向けた。
「何かをおわかりに、いえ、思いつきになったようですね。ですが、これから起こることの全ては北公の意思では無く、ブルゼイ族の意思に因るでしょう」
「今回は私たち商会の負けです」と首だけを回して私を睨みつけた。もうそこに攻撃の意思はないようだ。
目をつぶり首を左右に振ると、大股を開いて気絶しているシバサキへととぼとぼと近づき「ですが、この男の人には生きていてもらいます。まだ利用価値があるので」と腰の辺りを担ぎ上げた。
シバサキは完全に気を失っているようだ。足も腕もだらりと垂れ下がっている。
レアは小さいので、垂れた手足は地に着いたままだ。彼女が歩き出すとそのままズルズルと引き摺られ、溜まった砂の上に線を引いている。
利用価値があるという割りに、大事に扱っているとは思えない。
「ご自由に。私の元上司ですので丁重に扱ってあげてください。
我儘で自己中心的、夢見がちで自分本位の偏った正義感の強い方ですから、大層利用価値はあるでしょうね。
きっとクロエも大いに喜びますよ。彼女もその男をだいぶ評価していましたからね。どうしようもない無能だと」
「繰り返しますが、今回は私たちの完全な負けです。
よって私たちトバイアス・ザカライア商会は北公との取引を全て停止致します。
予め支払われていた分を最後の取引ということに致します。構いませんね?」
「さすがは商会。踏み倒すようなことはしないのですね。しかし、非常に困ったことになりますね。
我々は一体どこと取引をしたら良いのか。人間世界最大の商会であるトバイアス・ザカライア商会が北公という広大な地域から完全に撤退。これが他の商売人にとってどれほどブルーオーシャンとなるか。
突如出現した新興市場に興味のある商人の方は大勢いて、人間以外さえも興味を示していましてね。選べるというのは贅沢すぎて、とても悩ましいです」
微笑みながらそう答えるとレアは舌打ちをしてポータルを開き、血で固まった砂に歪な曲線を描きながらその中へと姿を消した。
眉間に皺を寄せて怨みがましい彼女の視線をそのままの顔で見つめ返して見送った。
そして、風が吸い込まれるように砂を巻き上げてポータルが閉じきるのを見届けると、「ウトリオ上尉、ユカライネン下尉! もう追いついているでしょう! すぐこちらに来なさい!」と二人を呼び寄せた。




