まだ遠き旅路の果てで 第一話
ブルゼイ・ストリカザをくるりと回した後、下段に構えて切っ先をギラリと光らせ、シバサキの方へ向けた。
「お、お前、聖なる虹の橋だろ!? なんで上司のしていることの邪魔をするんだ! クビだ! クビ! 僕がまた救世主に近づくのがそんなに悔しいのか! 実力もな……」
何もかもうまくいかなかったシバサキは裏返った早口になった。
聞く価値のない御託を無視して刹那に踏み込み、出せる速さを最大限にだしてシバサキの真横に立ちブルゼイ・ストリカザの刃を喉元に突き付けた。
シバサキはぐっと喉を鳴らして歯を食いしばると、ゆっくりと両手を挙げた。
脅しをかけるように槍をくっと動かすと、どれほど強靱な破砕機の羽に飲み込まれても刃こぼれ一つせずまるで磨かれたままように光る刃はシバサキの恐れおののく顔を映し返した。
「クビですか。なら後追い部隊も来ませんね。上司があなたになってから良かったのは組織が甘くなったことでしょうか」
首を撥ねようと柄を握り直し喉を狙って振るわんとしたそのときだ。隣の投入口からアニエス中佐が放り出される光景に続いてイズミさんの悲鳴が聞こえた。
この世のものとは思えない断末魔が混じり、硬く脆い何かが砕かれる音も聞こえた。
どうやら腕か足か、飲み込まれてしまったようだ。
しかし、音には金属が火花を散らしている様なものも混じっている。おそらく彼の杖の素材だろう。
あの杖はやたらと高価なシロモノと聞いた。ちょっとやそっとでは壊れないはずだ。もう少し頑張って貰おう。
首を撥ねられそうになり力んで目をつぶっていたシバサキはゆっくりと目を開くと、口角を上げ始めた。
「あっちはダメそうだな。このままだとイズミは死ぬぞ。まだギリギリ間に合いそうだな。あ、そうだそうだ。良いこと教えてやるよ。そこの箱を壊すと機械を止められる」
シバサキは顎を動かすと、二つの投入口を隔てる縁の上にある金属の箱を顎で指した。
「硬い棒状の物があればイケそうだよなぁ。その手に持ってるヤツならイケるかもしれないな。
でも、そうすると、僕は諦めて貰わなければいけないな。
僕を捕まえて英雄面するか、イズミとか言うどうしようもないゴミを助けるか。残念だけど、どちらか一つだね。よく考えると良いよ」
そして、「ま、イズミが生きてられる間だけど、んね」と顎を上げて目を見開いた。
「そうですか。それはありがとうございます。じっくり考える余裕は必要ありませんね」
シバサキは私の言葉に、勝利を確信したかのようににやりと笑った。
笑っていられるのは今のうちだ。覚悟していただこう。
すかさず、身体を捻り槍を機械に投げつけた。するとそれは操作盤だったのだろう。鎖を石の上で引き摺るような音を上げて、破砕機全体が大きく揺れると煙を上げて停止した。
槍を投げるときの勢いに身を任せて身体を捻った。宙返りの途中、空が見えている視界の中で逃げだそうとしているシバサキの背中を見た。
その横で機械が壊れていくのを見届けながら、腰につけていた拳銃を持ち上げて引き金を握った。
聞き慣れた破裂音がすると同時に、逃げ出そうと背中を向けたシバサキの右太ももを撃ち抜いた。
シバサキは右足から崩れ落ちて膝を突くと、両手を挙げてうつ伏せに倒れていった。そして、私から逃げようと慌てふためくように四つん這いになり腕で身体を起こし仰向けになった。
イズミさんを助けるために私に槍を使わせ、その隙に逃げようとしたようだ。しかし、私の持っている武器が槍だけだと思ったのは彼のミスだ。
私は地に足をがつくと同時に、立ち上がりまだ逃げようともがいているシバサキに再び拳銃を向け、左太ももを撃ち抜いた。
「嘘をつかなかったのは、あなたにしては殊勝ですね。ですが」
額に脂汗を浮かべ尻を突き足を引き摺りながら後退るシバサキに拳銃を構えて微笑みかけた。
「あなたは今ここで死ぬべきです。
二つ以上の考えがあれば、それはお互いに相手は悪で自分たちこそは正義です。故に厳密な悪など存在しませんが、あなたは純粋な悪の芽。
子どもの目の前なので気は引けますが、悪の芽は摘まなければ」
太ももから流れ出した血液を引き摺って出来た赤い曲線を辿り、踵が破砕機の縁の金属を踏む音を聞かせるようにじりじりと責め立てながらシバサキに一歩ずつ近づいていった。
「ああ、そういえば死なないんでしたっけ? では、意識のない間に石棺に放り込んで地中深くに埋めましょう。そこがあなたの墓です」
そして、「辞表はあなたの墓碑銘に刻みます」と小さく囁き、引き金を握った。




