白く遠い故郷への旅路 最終話
槍が大きくしなると、ムーバリは高く飛び上がり登り始めた朝日を遮り影を落とした。
手から槍が離れそうになるとムーバリは再び槍を掴んだ。影は小さくなりやがてレアを飛び越えると、真っすぐに破砕機へと向って行った。
そのとき、シバサキは対峙する二人の様子とレアが止めることに失敗したのを見ていたのか、舌打ちをして「どいつもこいつも使いモンになんねーな!」とセシリアの手首をついに放してしまったのだ。
高く飛んだムーバリは破砕機の投入口の真上に来た。そして、「セシリア! マフラーだ!」と声を上げた。
破砕機の羽に向かって落ちていき、絶望的な顔をして縋るように天に向かって手を伸ばしていたセシリアは、ムーバリの声が届くとキッと表情を変えてまだ動く左手でマフラーを外し真っ直ぐ伸びるように器用に片側を投げた。
ムーバリは空中で一度回り槍を片手に持ち替えると、高速で回転しオンオンと音を立てる破砕機の羽に向かった槍を投げつけたのだ。
ブルゼイ・ストリカザは落ちていくセシリアの真横を空を切る音を立てて通り抜け、羽根にぶつかった。みるみる羽に飲み込まれたがブルゼイ・ストリカザは硬く、羽に付いた刃が負けて割れ始めた。
破砕機は砕けない物を飲み込んで嘔吐くような硬い悲鳴を上げると羽が止まった。
さらにムーバリは腕を精一杯伸ばしマフラーを掴むと手首に巻き付けるようにした。
それをたぐり寄せて片手でセシリアを抱きかかえると、止まった羽の上に突き刺さったブルゼイ・ストリカザに反対の手で捕まり緩やかに降り立った。
「ベルカとストレルカァ! どっちでもいい。しっかり受け止めなさい!」
だが、ムーバリはとどまらず、腕の中のセシリアをちらりと見た後、いつの間にか追いついていたベルカとストレルカにセシリアを放り投げて渡すとブルゼイ・ストリカザを引き抜いた。
セシリアが助かったことに苛立ちを覚えたシバサキは「なんだよ。死なねぇのかよ。じゃこっちは確実に殺さなきゃやってらんないな」と言うと、ついにアニエスの手を投げ捨てるように解き放ってしまった。意識のない彼女は抗うこともなく、もう一つの投入口へ落ちていった。
あちらはもう大丈夫だ。俺はアニエスに向かうことだけに集中した。
まだ間に合う。強化魔法をかけた足に力を込めて高く飛び上がり、アニエスめがけて飛んだ。
破砕機の壁を蹴り、羽の中へと落ちていくアニエスに手を伸ばした。
彼女の足が羽に落ちてしまう寸前で上に向いていた手を掴み、そして、抱きかかえるようになった。俺とアニエスは破砕機の羽に向かって落ちていった。
間に合った。だが、このままでは二人とも巻き込まれて死んでしまう。咄嗟に身体を回してアニエスを破砕機から外へ投げた。
彼女が縁を越えてその姿が見えなくなると、左手が下を向きコートの袖が羽に巻き込まれていった。
左腕が押さえ込まれて、指の先から掌、手首、腕と順に圧迫されて、腫れているときの水分が押し上げられて水風船のように皮膚の下が膨らむ感覚がして、
――そこからは覚えていない。
だが、セシリアは無事だ。アニエスもおそらく破砕機の外に投げ出せた。
覚えていないのは確かにそうなのだが、意識の中に安堵だけはしっかりとあった気がする。




