白く遠い故郷への旅路 第五十二話
シバサキは髪の毛を掴んだまま大きく振り回し破砕機の縁に思い切り叩きつけた。
セシリアは仰向けになり、血の混じった咳をした。握りしめていたアスプルンド零年式二十二口径小銃は小さな手から離れ、破砕機の中へと落ち、速く回る羽に飲み込まれていった。
掻き切るような音を立てて壊れていく小銃はまるで悲鳴を上げているようだ。破砕機は無残に巻き込んでいくと、悲鳴はかすれるような余韻を残して消えていった。
シバサキはそれを見つめながら鼻で笑うと、セシリアに再び近づき見下ろした。
「なんだよ、このブローチ。高く売れそうだな」とコートに付いていたトンボのブローチを引きちぎった。
「あんたの娘だなんて私は思わない。そんなもの、欲しければくれてやるわ! 私はこの身一つで充分!」
シバサキは強く言い返したセシリアの頭を思い切り踏みつけた。
「黙れよ。お前が今ここで言うべきは父親への感謝だろ。僕の娘だってことをもっと誇りに思うべきなんだよ。
お前がどれだけイズミをパパと呼ぼうともな、血のつながった父親であるのは僕であるという事実は永久に変わることはないんだよ。
気持ちの問題じゃないんだ。どれだけ否定しても、最後に残る一粒の真実は、お前のいうその身の半分は僕だと言うことだけだ。
イズミも僕に感謝すべきなんだよ。僕がいなければくだらない家族ごっこも出来なかったってな。
責任を負う応力も無いくせに、懐いた女の子に自分をパパと呼ばせるとか気持ち悪いったらありゃしない。
まぁ、所詮はごっこ遊びだもんな。無責任でも良いのか、別に。これだから所帯持ちも出来ないような人生経験少ない奴は無責任で嫌いなんだよ」
足をセシリアの頭から上げると今度は右肩を思い切り踏みつけた。体重をゆっくりとのせていき、足首を捻り、踏み潰してしまうのではないかと思うほど力を込めている。
セシリアは歯を食いしばり、そして小さな両手でシバサキの足首を掴み、振りほどこうとしている。
だが、ついに鈍い音がするとセシリアは悲鳴を上げた。そして、右手は足首を放し、力なくだらりと垂れ下がった。痛みに耐えきれず、左手も放してしまった。
許せない。だが、耐えてくれ。もう少しだ。助かりさえすれば、いくらでも治癒魔法をかけてあげられる。
肩の間接に外れるクセがついて銃が撃てなくなってもいい。もう君には撃たせない。触らせない。その銃も壊れて消えた。
何が何でも生きてくれ。
自分の手で、痛い思いをさせる前に君を助け出せなかった我が儘な俺を許してくれ。
急げ。急いでくれ。ムーバリ。
お前にどんな目論見が在ろうとも、我が儘を通すにはお前を信じるしかない。
目をつぶり顔を下に向け、俺はさらに足に力を込めた。
「良いこと教えてやるよ。僕の本当の目的は黄金なんかじゃない。僕は救世主だ。そして、やがては人間を超越して神になる男なんだ。娘なんか必要ない。
人間の打算的な行動がもたらした結果の象徴である血のつながった子どもの存在なんて僕の神聖な価値を貶めるだけだ!
お前なんか、存在しちゃいけないんだよ!」
シバサキはセシリアの右手首を掴み上げ、まるで外れた肩の痛みを引き起こすかのように思い切り持ち上げた。セシリアは痛みに顔を歪めている。
「救世主に血の繋がった娘なんか必要ないんだよ! 本当のパパの為に死ね」
シバサキは大声で笑うと身体の向きを変えてセシリアを投入口の真上で吊した。手首をわざと緩く持ち、肩の痛みに抗ったセシリアが自ら落ちるように軽く揺すり始めた。
「最後に見るのは、大好きな本当のパパの笑顔だ。幸せな人生だったな」
間に合え! ムーバリ、急げ!
俺はお前を信じるだけだ!
さすがは諜報部員の実行部隊であるためか足も素早い。
視線の先で地面に刺さっていたブルゼイ・ストリカザはいつの間にか引き抜かれていた。
あれはムーバリには扱いやすく軽い槍だ。引く抜きその重さに足を遅める事なく、逆に素早くもなった。
しかし、思いとは裏腹にさらに障害が立ち塞がったのだ。
目の前のことばかりに必死になり、もう一つの脅威を見過ごしていたのだ。




