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白く遠い故郷への旅路 第五十一話

 俺はセシリアに父親のことについて尋ねなかった。尋ねることが出来なかった。

 無邪気な子どもであり、本当の父親ではないとは本人が分かっていたとしても俺をパパと呼ぶこの子に、そんなことが出来るだろうか。


 だが、アニエスやエルメンガルト、ユリナや他の人たちと幾度となくシンヤの話をしてきたが、毎回側にいてその全てを聞いていたはずのセシリアは全く反応をしなかった。

 それはつまり、セシリアはシンヤのことなど覚えていないのではなく、全く知らなかったということなのだ。

 覚えていないのは物心つくかつかないかだから仕方ない。いずれ無意識に刻まれた懐かしさをぼんやり思い出すだろう。

 これさえも、シンヤが父親であって欲しいという、俺の思い込みの産物でしかないのだ。


 一度、一度だけ、セシリアに何故シバサキが怖いのかを尋ねたことがある。

 そのとき、彼女は「前に一緒に住んでいた人にシバサキがひどいことをしていた」とだけ視線を合わせずに言った。

 答えた彼女には表情がなく、目の当たりにしたまさにそのとき感情を殺してその瞬間を切り取り、心を閉ざしたのだろう。

 俺は尋ねることで殺していた様々な恐怖を掘り起こし最後に彼女を壊してしまう様な気がして、それ以上はもう尋ねられなかった。

 その酷いことが何か、俺はただ殴る蹴る程度だと思っていた。おそらく、それ以上のことがセシリアが生まれる前から常態的に行われていたのだろう。


 クラーラは孤独にされることを恐れレナートにはされた“ひどいこと”を言えず、シバサキはレナートの前では善人のふりをしていた。


 その結果、生まれたのがセシリアなのだ。

 生まれて最初に触れ合う血のつながった親たちに求められて、この世に生まれたわけではないのだ。


「お前、ククーシュカだろ。何でか知らないけど、若返ったんだろ? 昔、セシリアって自分で言ってたしな。

 僕は知ってるぞ。超自然的な力は確かにあるから、それが働いてお前を若返らせたんだろ。

 誰だよ。僕より先に実現させたクソッタレは。実績を盗みやがって」


 シバサキ。もう何も言うな。お前が口を開けば開くほど、避けていたことが事実であると俺の身体を押さえ付けにかかる。


 幼いはずのセシリアは口から出た血に驚くこともなく、慣れた手つきで拭い払った。

 そのまま彼女は何も言わず、まるでククーシュカに戻ったような、鋭く寒気すら覚えるような冷たい視線でシバサキを睨みつけた。


 その光景はまるであの頃に戻ってしまったかのようで見ていられるわけもなく、下を向いて首を左右に振った。だが、それでも、アニエスへと走った。


 俺はただ、ムーバリを信じることしか出来ない。辛いセシリアを自らの手では救えない。

 だがもし、ここでセシリアに向かってしまえば、アニエスさえも失うことになる。

 葛藤の中で俺はただムーバリを信じた。


 シバサキはセシリアに近づき、母親譲りのグレーシャーブルーの髪を掴み持ち上げた。

 シバサキの掌の隙間から長い髪の毛がはらはらと抜け落ちると、それは朝の光を受けて青く光り地に落ちていった。

 落ちて広がってなおも白く光るそれは、本当はもっと綺麗なはずだ。それなのに今は悲しい色にしか見えない。

 お前がそれを踏みにじるのは、これで何度目だ。何度それを踏みつければ気が済むのだ。


「このバカ娘が。痛いじゃないか。

 目はなぁ治癒魔法でも治らんないんだぞ。僕が不死身じゃなかったら失明してたぞ!

 もっと相手を思いやれ! 他の人にされて嫌なことをするような娘を持って僕は恥ずかしいぞ!

 独眼で僕に救世主になれというのか。盲目の騎士王か! それもいいな!

 だけどな、やろうとしたことを許すわけにはいかないぞ。見つめられたはずの救世主としての未来の片方を奪おうとしたことは、実の娘だとしても許すわけにはいかないぞ! バカ娘には仕置きが必要だな」

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