翠雨の別れ 第八話
「なるほど。ヤバいことだけはよく分かった。具体的な影響は?」
「委任状を提出した際にイズミさんが呼ばれるかもしれません。ほかに考えられることは依頼の受付にも影響が出て来ると思います。依頼を放置している件とかなり前の橋の件も考慮すると、最悪、受けられなくなる可能性はあります」
「橋の件は解決したんじゃないの?」
「その件そのものではなくて、それが与えた印象の問題ですね。あの件は最悪なものとみなされています。それも込みで、依頼請負拒否される可能性は高いです」
「勇者であっても拒否はされるの? 割といいご身分だと思うけど。それにタンス漁っても捕まらないとか聞いたんだけど……」
「勇者は神授性の単なる曖昧な資格です。貴族や王族といった身分とは違います。確かに、多少の犯罪では目をつぶられます。誰が言ったか知りませんが、タンス漁るのは普通に捕まりますよ。やめてくださいね。そして依頼についてですが、拒否に至る明確な基準はなく、最終的な判断は人間次第なので関係ありません」
「カトウくんは? あいつへの影響は?」
「掲示板機能は書き込んだ内容をほかのいくつもの書き込みと糸のように複雑に絡ませると聞きました。つまり、利用者が多ければ多いほどに匿名性が上がります。利用者が増えた現段階ではもはや誰がどこで書き込んだかは開発者でなければおそらくわかりません。システムの構築は最近ではなく十年ほど前で、維持管理のノウハウだけが伝えられています。その開発者も占星術師らしいので、おそらくもう生きてはいないかと思います。しかし、決定的な証拠にはなりませんが、地名や勇者といった書き込みの内容からどのチームの話なのかは容易に予想できます。何もないとも言い切れません」
「これを把握しているのは? 俺とレアだけ? カミュは?」
「彼女はおそらく把握していないと思います。頭取直属のある組織所属ですが、指示以外に情報を与えられることはありません。それに彼女のアイテムは古く、掲示板機能はついていませんから、見ているとも考えられません。いずれ利便性が考慮されてその機能が付いたものに変わるとは思いますが」
少しややこしくなってきたので話を一度まとめよう。
これまで俺たちはシバサキのもとで依頼だけをこなしていた。そのうちにカトウは自分の適性に合った仕事を見つけ、チームを離脱。表向きは『前進のための離脱』。
だが、実際はシバサキによるいじめが原因でもある。この時点でマジックアイテムの掲示板上で何者かによりそのいじめの話は拡散されていた。
その後、アンネリの妊娠が発覚。しかし、産休にはまだ入らないと結論に至る。リーダーに報告をしないのはまずいのだが、彼の性格上、アンネリへ何かしらの危険が及ぶ可能性が高く、報告はしないほうがいいとなった。
しかし、ワタベの善意により報告されてしまう。その結果なのかはわからないが、アンネリは怪我をして非常な危険な状態に陥り、一時は危篤になった。その怪我からは奇跡的に回復したが、それが原因となり正式に休業へ。
そして、その段階になって初めて掲示板での拡散の話を耳にした。掲示板に書かれた内容は、名前などの個人情報はいっさい書かれていなかった。しかし、書かれていた内容はいずれも具体的であり、誰のことを言っていたのかは容易にわかるものだった。それでも十分まずいのだが、さらにまずいのは関係者以外知り得ないことを書き込まれていたという点だ。ここまでの話だ。
そして、これからが起こりうる未来の話。
これまでに橋を壊した件による印象の悪化、数々の依頼の放置、それにかかる費用の支払いの滞りによる直接的な評価の悪化、掲示板の書き込みによる内情の暴露などと信用を失うにはあまりにも素材が揃いすぎている。
一般に言われている勇者とかいう資格は、細かいルールや規則はなく、完全に信用だけで成り立っている。それが無くなってしまえば、力のあるただの迷惑な人だ。つまり、依頼は受けられなくなるのだ。
商会や協会の内部における評価機構は外部の人間である俺にはよくわからない。手にとってみられる一番身近なものと言えば掲示板ぐらいなものだ。
しかし、実際にその掲示板を見たわけではなく、どの程度いわゆる”炎上”をしているのかはわからない。日本にいたころ、ネットの炎上はニュースで見た程度しか知らなかった。だが実際には知り得ないところでいくつも炎上案件があった。自分の興味や生活の中で関わることのテリトリー外の炎上は知る機会が少ないのだ。
カトウが大学にいたころにした”晒し”は、内容にもかかわらず大騒ぎにはならなかった。レアの言う『話題になっている』の規模はどれほどなのだろうか。掲示板を見たことがない俺にとってそれはテリトリー外にある炎上だ。普段触ることがないのでレアから報告をうけるまで知りもしなかった。
情報に疎い俺が知るレベル=全国紙レベルと考えていいだろう。つまり、まだ一部で話題になっている程度と捉えていいだろう。いわゆる”火消し”をすればなんとかなる程度だとしよう。
だが、どうやってそれをするのかはやったことがないのでわからない。マジックアイテムの掲示板に強い弁護士でも雇って対処すればいいのだろうか。しかし、街中に免罪符売りがまだわずかに残っているようなここは社会構造が根本から違うので、それは大きく間違っているだろう。幸いにもこの世界の大きな流れの一部である商会と協会の人間が近くにいる。
「わかった。俺個人では情報入手先が乏しいからレアに頼むかもしれない。とりあえず様子を見よう」
「わかりました。いきなり話が動くとは思えませんので情報収集に徹します」
そういうとレアは明かりから火を分け、紙に点けた。
「では、引き続き明日もよろしくお願いします。おやすみなさい、イズミさん」
瞬く間にそれは炭になり、火が消えると俺たちも解散となった。
だが、掲示板の拡散が速い。きっかけ一つで連鎖的に爆散するその速さを見くびっていた。
そして、書き込めるマジックアイテムの所有者の多さと、その多様性について俺たちは考えていなかったのだ。
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