白く遠い故郷への旅路 第四十二話
シバサキは「はぁ?」とわざとらしく声を大きく上げた。
「何熱くなってんだよ。そんなギラギラ熱くなっといてどうやって凍らせるんだよ。やっぱ馬鹿なんだな。かっこつけんなよ。僕みたいに様になってないからダサいだけだぞ」
「なぁ、クロエの話を聞いて思ったんだよ。俺たちが当たり前に使ってるこの魔法のエネルギーって一体どこから来てるのかをな」
大量の空気が素早く筒を抜けるような音を立てている杖先を下に向けると、その先にあった地面の砂が溶け始め、水飴のようになり砂山を流れた。すぐに冷たい砂に触れて冷やされると涙の滴のような形でガラスへと固まった。
取り囲んでいた男たちも様子がおかしいことに警戒し始め後ずさりを始めた。
「あんな使い物にならない眼鏡の話で心が動くなんて、お前もやっぱりつまらない人生歩んでるなぁ。だからお前はいつまでもその程度なんだよ」
「喚いてろ、クソ野郎。テメェみたいに自己中振りまいてりゃ人生豊かになんのかよ」
無視して話を続けようと思ったが、それだけ言われて黙っていられずに思わず囁くように言い返してしまった。
小声で言ったつもりだったが、意外と声が出ていたようだ。シバサキの顔が真っ赤に膨らんだ。
「それで気づいたんだ。便利だから何気なく使ってるけど、思う力だとか愛だとか願いだとか、そんな形を与えてはいけないものからこんこんと魔法のエネルギーが湧いてるワケじゃないってな」
さらに温度を上げ、シバサキのいる櫓の方へとゆっくりと歩み始めた。
足下の砂がガラスになり始めていた。足の下まで高温になっているようだ。
ガラスの足跡を残し、霜や隅を踏みしめるような音を立てて一歩ずつシバサキへと近づいて行った。
「お、おい! なにするつもりだ!? 僕は大丈夫だがこのガキが死ぬぞ!」
シバサキは近づかれると後ずさり、何かを思い出したようにセシリアを見ると高く持ち上げて前に突き出すようにした。
「安心しろよ。あんたもその子も痛い思いはしない。ただ、この数だけ多くて質の悪い黒服の男どもを一時的に黙らせるだけだ。
理屈の説明は省く。熱力学のナントカの法則って、高校物理だったか? 高校時代の物理の教員がパチンコ行ったっきり授業来なかったからキチンと習ってないんだよ。大学受験も生物だったし。
ユーチ○ーブで見た科学解説動画でかじった知識だけど、この世界でも元の世界でも、目の前に在る物は全部乱雑になっていくんだろ? それだけだ。
もしかしたら、何年かに一度の早雪も原因はこれじゃねぇのかな。電気と一緒であって当たり前だからって、使いすぎなんだよ」
そろそろ自分も耐えられる熱量の限界かもしれない。歩くのを辞めた。
杖の柄、上の方を両手で持ち、両手を挙げるようにして天にかざした。
「おい、雑魚ども。凍傷に気をつけろよ?」
そして、目をつぶり鼻から息を吸い込むと、杖の石打を思いきり地面に突き立てるように振りかぶった。
石打が砂漠を打つと霜を踏むような音が響いた。同時に杖全体が振動し、大きな虫が羽ばたいているような低く伸びる音がすると砂原に一つの波を起こした。波は膝の高さほどまで上がり、広がるにつれその速度を上げた。
やがて、風が巻き起こるようになり取り囲んでいた男たちを襲った。その波動に触れた男たちは杖やそれを持つ腕にみるみる霜が降り、やがては凍り付けになっていった。
ある者は肩まで凍り付き、またある者は凍り付いた杖を放そうとしたが貼り付いた杖に皮膚を剥がされている。
 




