白く遠い故郷への旅路 第三十七話
さらに十分ほど追いかけると、辺りは砂埃が舞い始め視界が悪くなり始めた。前方のシバサキも小さく埃にまみれ始めて、いよいよ見失ってしまうのか、そう思ったときだ。
前方に大きな機械が見え始めたのだ。砂埃で視界が遮られていたが、辛うじて見分けが付いた。高さは二階建てほどで、下半分は中空で上半分には漏斗状の物が二つあった。
その四隅を支える柱は鉄骨であり、足場が三段、それに乗れるように階段が取り付けられていた。
それには共和国軍の基地で見覚えがあった。採掘作業で使うことを想定されて持ってきていた破砕機だったのだ。
何故ここにあるのか、疑問に思ったが、ユリナから連盟政府の部隊が基地近くでうろうろしていた話を聞いていた。おそらく盗み出していたのだろう。シバサキならやりかねない。
足場の上には何人か黒い軍服を着て作業をする人間の姿が見え、シバサキは破砕機の前で立ち止まるとあちこちを指さして黒軍服の者たちに指示を出し始めていた。
上の方で見張りをしていた黒軍服の一人が装甲車の音に気がつき、こちらを指さすと笛を吹く仕草を見せた。
それに反応するようにシバサキもこちらを振り向くと、作業をしていた人たちに手を振り始めた。おそらく迎え撃つように指示を出した様子だ。
全員が一斉に作業を中断すると、腰に付けていた杖を持ち上げてこちらへ構え、様々な色の魔方陣を展開し始めたのだ。
「二人とも掴まれ! 撃ってくるのを回避する!」
ハンドルを握る手が躙るように動くと肩が浮き、前を見ようと前屈みになった。
「こちらから撃たなくていいのですか!?」
「おそらくあの数は対応できない! だから、しっかり捕まって車が倒されるまで堪えてくれ! こっちからの本格攻撃はそれからだ! 先生は身を守ることだけを考えて!」
エルメンガルトは何も答えなかった。それどころかカエデの杖を持ち上げると撫で始め、そして、不敵に笑いながら見つめていた。
笛の男が頬を膨らませるのが見えると同時にいくつもの閃光がこちらに向かってきた。ハンドルを右に左に振り回し、次々飛んでくる魔法を回避し続けた。
だが、次第に敵側の攻撃も熾烈になり始め、強く素早い魔法が多くなり車の外装に当たるようになった。
火花が飛び散ったり、車体が凍ったり、様々な攻撃を受けたが装甲車は止まることはなかった。
しかし、左に大きく火の玉を避けたときだ。目の前に巨大な氷の塊が飛んできたのだ。
ハンドルを切りすぎていたので加速してやり過ごそうとしてアクセルを踏み下ろしたが、投げつけられた氷塊は素早く回避することは不可能な様子だ。
「二人とも、あれは避けられない! 準備してくれ!」
シートベルトをしたアニエスは拳を握りしめた。エルメンガルトは相変わらず、ニタニタとしている。
そして、ついに氷塊は装甲車の右側に当たった。これまでのダメージがたたったのか、ついに車は壊れ、右に大きく旋回して倒れてしまった。
倒れることを前提にしていたので素早く次に行動に出ようと「二人とも出るぞ!」と声を上げた。
しかし、「イズミさん、待って! 私、出られない!」とアニエスが脱出出来ずにガタガタと身体を動かしていた。
彼女は壊れた場所の近くに座っていたので、最悪なことに、折れた金属で足を挟まれてしまったのだ。
彼女の足を押さえ付けている金属をどかそうとしたが、ユリナが殴っても壊れない頑丈さが仇になりなかなか破壊することが出来なかった。
ふと外を見ると、黒い軍服の男たちが迫ってきている。早くここから出て反攻に転じなければ捕まってしまう。いや、それどころかこの場で殺されるかもしれないのだ。
「イズミさん、私は良いから先に行って! セシリアを、あの子を! 早く!」
アニエスは先に行くように促してきたが、目を不安に震わせている。そんなことが出来るわけがない。俺は何も言わずに力を込めて彼女の足を挟む金属を壊そうとした。
しかし、どうやっても壊れることはなかった。それにこれ以上の魔力をこめてしまえばアニエスに影響が無いと言い切れない。
ついに軍服の男たちは車の傍まで迫ってきていた。もはや取り囲んで逃げ場はないよいう余裕すら見せ始め、駆け足ではなくなっていた。
間に合わない。こんなところで立ち止まるわけにはいかない――。
「仕方ないガキどもが。私を動かすんじゃないよ、まったく」
そう思ったときだ。
エルメンガルトがカエデの杖を振りながら目の前に仁王立ちしたのだ。




