白く遠い故郷への旅路 第三十六話
視界の隅で険しい視線を前方に送り続けているエルメンガルトは冷静に見える。
このばばあ、さっきの騒動の最中は何処に潜んでいたんだ。戦闘の際には隠れていろと言ったが、本気で何もしないつもりか。
焦りで苛ついてしまい「じゃあ、どんな目的だよ!?」と乱暴に聞き返してしまった。
「私が知るもんかい。だが、まともじゃあないね。あの子が危ないのは間違いない」
エルメンガルトにそのつもりがなくとも、俺はその言葉でさらに焦りを募らせた。ハンドルと握る手が汗で湿るので、さらに強く握りしめた。
限界まで速度を上げているにもかかわらず、さらにアクセルを足が突っ張るほどに踏みしめた。
「セシリアには会わせなければいけない人がたくさんいるんだよ! シンヤにもだ!」
エルメンガルトが、おや、と言うと「シンヤ? どうしてだい?」と尋ねてきた。
「あの子はシンヤの娘の一人なんだ! 生みの父親に会わせなきゃいけないんだ」
セシリアの父親は手紙の内容やこれまでの行動から分かるとおり、シンヤだ。
つまり、エルメンガルトからすればシンヤと他人の間に出来た子どもなのである。
もし、自分がエルメンガルトの立場なら看過できないかもしれない事実だ。
言ってからその事実を思い出して言うべきではなかったかもしれないと思ったが、もはやエルメンガルトに気を遣っている余裕は俺にはなかった。
俺はハンドルを拳で軽く叩き「すいません。先生の気持ちを考えてなかった」と慌てて申し訳程度に付け加えた。
エルメンガルトにショックを与えるか、少なくとも良い気分を与えないだろうと思った。
「なるほど、他の女との娘っ子か。あぁ、あいつァホント節操ないねぇ」
しかし、意外なほど反応は薄かった。
声はいつものしわがれたままで、聞いている限りではあいつは仕方が無いヤツだ、という風にしか聞こえなかった。
「だが、そりゃあ余計なお世話だよ。
私の知るあいつはそう言う奴だ。あっても全然おかしくないさね。
で、セシリアの嬢ちゃんからシンヤの話は聞いたことはあるのかい?」
「今そんなことはいいだろう!? 幼すぎて覚えてなかったんだよ! 何が何でも助けなきゃいけないんだよ!」
思ってる以上に冷静な反応を見せられて、焦りに苛まれているのにエルメンガルトに気を遣ったのがまるで馬鹿馬鹿しい様な気がしてまたしても苛ついてしまった。
まさか他人の子どもだからどうでも良いと思っているのではないだろうか、そんな風にも思ってしまった。
怒鳴り散らすような返事をしてしまうと、エルメンガルトはしばらく黙った。気に触るようなことでも言ったのだろうか。
しかし、それどころではない!
「……そうかい。ま、何はともあれ、急ぎな。誰の娘であれ、子どもを泣かしちゃいけないよ」
言われなくても分かっている。俺はこれでもかと壊れてしまいそうなほどアクセルを踏みしめた。




