背中合わせの邂逅 第五話
袖口や首から露出した皮膚がそれに触れると、ムートンのような、いや、それよりももっと密度の高い毛に触れる感触があった。
しかし、ふわふわとして包み込むようだが、集まっているもの一つ一つの感覚に柔らかさは無く、毛ではなく何か小さく硬い粒の様であり冷たくもあった。
そして、服越しにも分かるほど全身の毛がそれに向かって引かれるようによだつ。
やがて分厚い軍服越しにその容赦の無い冷たさが伝わってきた。じんわりと染みこんでくるようなそれは服を着たまま冷たい湖に突き落とされたような冷たさだ。
「ま、間に合いました!」
イルマのうわずった声が聞こえると、ストレルカは地面に手を突いて身体を起こして距離を取り、ベルカも着地と同時に、落ちた剣を素早く拾い上げると足を擦り我々から離れた。
イルマの作り出したその何かに驚き、そしてそれが彼女の攻撃手段でもあることに気がついたようだ。距離を取ったのは賢明だ。
しかし、これまで見たことのない攻撃手段なのだろう。二人組は警戒して武器を前に突き出し、二手に分かれて左右に回り込むようにゆっくりと動きながらそれの様子を窺っている。
冷たい何かは形を変え始めて私の背中を持ち上げるように押し上げ、垂直に起こした。
これでただ攻められるだけという形勢は、多少なりとも変わるはずだ。私は足の裏を地面にしっかりと付けて立ち、改めて杖を握り直し、棍棒を作り上げて低く構えた。
背後からイルマの足音が聞こえる。
その足は砂漠の砂を踏む音、足と一緒に音まで砂に吸い込まれていくような砂の固まる音ではなく、よく焼かれた硬い炭を踏みしめて割るような音だ。
彼女が近づいてくるのは足音だけではなく、今彼女が展開している魔法のせいでもわかる。近づく度に私の短い髪が、腕や脛に生えている毛の一つ一つが逆立つようにそちらにより強く引きつけられる感覚を得るのだ。
イルマは震える足で不安定に進み、全身の毛を逆立てるようなオーラを放ちながら私の横に並んだ。
彼女が二人組に向けているニレの杖先から数インチ離れたところで黒い球体がいくつか浮かんでいる。
さらに、彼女の足下には半径六フィートほどの黒い絨毯が広がり、それは彼女を中心に波打っている。
黒く波打つ水面のようにも見えるが、彼女を中心に起きる波の波長は常に等しく周期的であり、ただの水面と比喩するにはあまりにも不自然で不気味だ。
杖を僅かに振り上げると、杖の周りで浮かんでいた球体はくるくると杖を軸に宙を回り始めた。それに呼応するかのように、その黒い絨毯が漣のように前に移動して盛り上がった。
「こ、これであなたたちも終わりです!」




