白く遠い故郷への旅路 第三十話
「イズミさん、あなたがブルゼイ族と手を組んだ時点でビラ・ホラにたどり着くのはわかっていました!
あなたは閣下の恩赦を受けている身で、閣下の命を受けてここへ来たのではないのですか!?」
「ああ、そうだ。俺はカルルさんとは知り合いだし尊敬もしてる!
だが、俺が恩赦を受ける代わりに出された命令は黄金捜索だ。無ければどうもしないとも聞いてる。お前らの後ろにいる上官からな」
ムーバリの方へちらりと視線をやると、ムーバリは呼ばれたことに気がついたのか、首をこちらに向けて微笑んだ。だが、すぐに視線を外し再び遠くの方へ焦点を合わせた。
「お前らも無いってもう知ってるんだろ? もう終わったそれとこれは別だ!
俺はスヴェンニーでも、ブルゼイ族でもない。全くの無関係だ。だから、故郷を守ろうとしてるブルゼイ族の味方をしてるんだ!」
「どっちも味方なら、ここはひとまず我々に従って貰いたい! 閣下はビラ・ホラに用があるんだ!
そうであるなら杖を下げて話を聞け! そうすればそこのブルゼイ族の待遇も悪くはしない!」
「冗談じゃない! あんたら北公がビラ・ホラの硝石鉱床を奪おうとしてるのは知ってる!
だから、ビラ・ホラにはこれ以上近づかせない!
ここはブルゼイ族の土地。放逐されたことへの復讐を遂行する者たちに明け渡す土地は、足跡の一つ残させないほどに無い!」
二人は首を後ろに下げると、眉を寄せて困惑した顔になった。構えていた杖にも迷いが生まれているのか、僅かに先端が下がっている。
二人との会話とその反応はどこかおかしいような気もしているのは俺も同じなのだ。互いの知る情報に齟齬があるような気分だ。
だが、言い方は悪いがこの二人は下っ端。上佐の立場でありながら閣下の右腕であり、尚且つあちこちの諜報工作員でもあり多くのことを知っているはずの上官であるムーバリがどこ吹く風よという態度だ。
何か適当な理由で誤魔化されて動かされているに違いない。
迷いの見えた二人だが、すぐに気を取り直して杖を構え直した。
「話を聞いては貰えないのですか!?」
ユカライネンは再び尋ねてきたが、俺は何も答えず杖をじりりと音がするほど強く握り真っ直ぐ三人に向けた。さらに問答無用であると強く睨みつけた。
「万が一の場合は、って本当に、ど、どうしてもやるしかないのですか? どうしましょう」
「気を抜くな、隙を見せるな、イルマ。まだ戦いは起きていない。辛抱して声をかけ続けろ」
ユカライネンは悩んだようにウトリオと相談していたが、装甲車の傍にいたアニエスを見つけると息をのみ安堵したかのようになり、そちらに顔を向けた。
「中佐、アニエス中佐! あなたは今、誰なのですか? 第二スヴェリア公民連邦国軍所属、特魔部隊長のアニエス・モギレフスキー中佐ですか? それとも、アニエスという一人の女性ですか?」
「私は今、セシリアの母親です。そして、ブルゼイ族の歴史を守る者です」
アニエスは杖を掲げず、ただ立っているだけだった。
だが、それは油断しているのではなく、自らの行いに自信を持ち地に足を付けている姿だ。北公には絶対に攻撃をしない。そして、ブルゼイ族の誇りも護ろうとしている。
しかし、ユカライネンはそれが理解出来なかったようだ。
立ち向かう場所に立っていても優しいアニエスなら何かしらの助け船をだしてくれると思っていたが反応が薄かった事に驚いた顔をしている。
それどころか、何もしようとしない、杖に触れる気配すらなく腰も引けずに防御の意思さえも見せないアニエスを次第に怪訝に見つめるようになり「な、なんで杖を構えないんですか? 私たちはあなたに攻撃の意思を見せてるんですよ?」と尋ねた。
しかし、アニエスは瞬き一つせず、何も答えなかった。
ユカライネンはその姿に為す術無く、強く目をつぶり眉間に皺を寄せて歯を食いしばるような顔になり、「そうでしたか」と鼻からゆっくりと息を吐き出した。




