翠雨の別れ 第四話
職業会館へ直接ポータルを開き抜けると、戻ってきたことに気が付いた若手メンバーが集まってきた。カミュ、レアは待ちわびていたのか、俺が出てくるなりすぐそばまで駆け寄ってきた。ククーシュカもその後ろから顔を出した。逸る二人を落ち着かせて、アンネリは無事で子どもの様子は具体的には分からないが彼女の様子では問題なさそうだと容態を説明すると、それぞれに胸をなでおろした。顔をのぞかせた後、少し離れた壁に寄りかかり腕を組んで黙っていたククーシュカはちらりと俺を一瞥し、カミュはあぁ、と息をついて椅子にどさっと腰かけたあと額を押さえた。
ただ、一人レアはそうもいかないようだ。アンネリの付き添いを任せられた中で負傷させてしまった彼女はだいぶ責任を感じている様子だ。話を聞いても表情は硬く、口は閉ざされたままだった。
「レア、聞きたいことがあるんだけど」
カミュとククーシュカに自由行動を指示して俺はレアに声をかけた。すると彼女の閉じていた口をさらにぐっと、下唇を噛んだようになった。
「イズミさん、申し訳ございません。私が目を離したのが間違いでした」
レアはすぐさま謝った。彼女の落ち度はなく、謝罪するとは思わなかったので、何を言ったらいいのかわからなくなってしまった俺は黙ったまま彼女を見つめてしまった。
「ごめんなさい。本部からの連絡で少し傍を離れてしまいました」
無言の俺を見てレアは焦り始めてしまったようだ。俺はどんなひどい顔をしていたのだろうか。彼女を疑っているわけではないが、どうも責めているように受け取られてしまったようだ。慌てて取り繕った。
「あ、ご、ごめん。怒ってるわけでもないし、責めてるわけでもないんだけど、何を聞いたらいいかわからなくて。呼び出しといてなんだよって思うけど。あのさ、レアが戻ってきたときはどんな状態だったの?」
「私が戻ってきたときにはすでにアンネリさんは倒れていました。けがをされたのかと思い治癒魔法を唱えながらイズミさんに連絡をしました。外傷は目立ちませんでしたが、治療魔法が効かないのでまさかとは思いましたが、やはり、でした」
「つまり、何かが起きた瞬間は見ていないわけだね」
「そうです」
お互いに鼻から息を出し、肩が下がった。
アンネリの状態から推測すると、おそらく負傷してからわずかでレアが戻ってきたと考えられる。そしてすぐに治癒魔法で処置をしてくれたようだ。ある意味それは運がよかったのかもしれない。焦りながらもきちんと連絡を入れてくれた。しかし、そのときの言葉で引っかかるものがあったことを思い出した。
「そういえば、連絡をくれたときに言ってた、危険なの、ってなに?」
レアの肩がわずかに浮いたのを見逃さなかった。
「……イズミさん、誰かを犯人だと思い込むのはよくないです」
「犯人捜しは良くないっていうけどさ、アンネリがあそこまでダメージを負うのはどう考えても不自然なんだよね。もちろん、転ぶのはいつでも危ないんだけど、それにしても、なんだよね。それに、さっきからずっと気配を消している人が一人いると思うんだけど」
レアは何かを言おうと口をわずかに動かしたが、ついに開いたまま黙ってしまった。気配を消している誰かさんを、俺は目だけを動かし、職業会館のラウンジの椅子に座っていて見える範囲をちらちらと目で探った。
受付カウンター、依頼の貼られたボード前、ラウンジの階段、あちこち見渡してやっと視界に入った彼は職業会館の隅でけだるそうに自分の手を眺めたり、窓の外を見たりしている。
シバサキだ。
彼は、アンネリの元へと駆けつけた俺やオージーが慌てふためいている様子やアンネリが突如回復する瞬間を目の当たりにし、その後の解毒除染魔法処理を受け、ポータルでの移動をし、すべての時間において俺たちと行動していた。それも強烈な存在感というものを押し殺しながらだ。この瞬間もすぐに見つけられないほどに。
目の前のレアに視線を戻した。苦笑いがこぼれた。
「ごめんね。誰かさん、やりかねないからさ」
「言い訳をするようですが、私もはっきり目撃したわけではないので何とも言えません。具体的な証拠もなく彼を責め立てるのは些か早計だと思います。確かに、連絡したときは焦っていたので、憶測でものを言ってしまいました。私自身、彼ならやりかねないと思っていましたし、苦しむアンネリさんの横で無表情で立ち尽くし、見下ろしていたら誰でも彼が、と思ってしまいます」
その疑わしい人は、もしその疑いが晴れたとしても、痛みにもだえる人間を目の前にして何もしないという行為について咎められても仕方ないはずだ。ぼんやり見ているほかにやるべきことがあるとは思わないのだろうか。急な出来事に自分を見失なったのではない。きっと日頃の仕返しのつもりで見捨てたのだろう。
「わかった。ありがとう。俺はまたマテーウス記念治療院へ行くよ。二人の様子が気になる。それに今回は事件になるかもしれない。酷なことになるけど、アンネリの意識が戻ったら聞かなきゃいけないかもしれない」
「今回は本当にすみませんでした。助かる見込みがないなどと言ってしまったことも重ねて。できる限りの協力は致します」
レアは深々と頭を下げた。救助をあきらめてしまったことへ怒りたいところだが、治す術のないレアにとってはそれがその場でできる最善の手段だったのだろう。それにあきらめる前に彼女の施した治癒魔法のおかげで俺たちの到着が間に合えたかもしれない。
「俺はまた後で戻ってくるよ。また待機しててもらってもいい?」
「みんなにも伝えておきます。私は事務処理を行っています。色々準備して待っています」
俺は椅子から立ち上がると、今度は小さく一礼して職業会館のカウンター裏へ去っていく彼女を見送った。それから俺はストスリアへ戻るべく、ポータルを開こうとした。するとカミュが俺を呼び止め、すぐそばへ駆け寄ってきた。
「私もアンネリの様子を見たいのですが」
本当のところ、あまりカミュを連れていきたくはない。これからアンネリから話を聞きださなければいけないからだ。ほとんど事情聴取みたいなものだ。心配で様子を見に来た人の前で事件の話を聞くのは、どことなく抵抗を感じる。
「あぁ、ごめん。二人ともだいぶくたびれてるから、あんまりドヤドヤ大人数で行くのはかわいそうなんだよね」
表向きはそういうことにしておこう。カミュは顔をしかめてしまった。
「そうですか……」
「少し落ち着いたら、個人的にいくようにしたほうがいいと思うよ」
と伝え、残念そうしているカミュと別れることにした。彼女も心配で仕方ないのだろう。そんな顔を見ていると、嘘ではないがまるで嘘をついているような気になってしまい、俺は目を合わさずにそそくさとポータルを開いた。見送る彼女を背中に、ポータルを抜けてストスリアの町の治療施設へ再び戻った。
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