白く遠い故郷への旅路 第二十五話
砂漠の夜明けは遮る物が無い。北に向かって飛び続けていた右手の空が白みを帯びてきた頃だ。
トンボは揺れることなく夜通し飛び続けていた。しかし、白くなる空につられるように車が大きく揺れ始めたのだ。
「オイ、起きろ! こりゃ、ちィっとマズいんじゃァねェか?」
揺れ始めた車内でストレルカが真っ先に事態に気がついた。大声に目が覚めて窓の外を見ると、トンボの翅が時折止まっていることに気がついた。
「トンボが限界みたいだ! 高度も落ちてる! 身体を固定しろ!」
周囲の大人たちが焦り始めたことに不安を覚え、首を回して大人たちの顔を覗き込んでいるセシリアにシートベルトを付けてアニエスに任せた。アニエスはセシリアの隣でベルトを締め、セシリアの頭を抱きかかえるようにした。
安全が確保されたのを確かめた後、俺は揺れ始めた車内を移動して操縦席へと向かった。
フロントガラスには砂がこびりついている。席に着きシートベルトを付けて簡単な作りのワイパーを無理矢理動かそうとした。
しかし、砂は長い時間吹き付けられたせいでワイパーごと固まっており、さらに重みでなかなかワイパー動かなかった。
何度か繰り返しているうちにワイパーが動きだし、フロントガラスの砂を左右に弾いで前方を明らかにした。
そこには黒々とした夜闇の色をした砂丘がもうほとんど目の前まで迫ってきていたのである。
「ぶつかるぞ。衝撃に備えろ!」と叫び終わるまもなく砂丘に車はぶつかり、フロントガラスが衝撃で割れると視界に覆い被さるように砂が流れ込んできた。
両手を前に出し防御姿勢を取ったが、砂の量は多く視界もあっという間に覆われてしまい上も下も分からなくなってしまった。しかし、意識は失うことはなかった。
いつまで転がり続けるのか、まさか止まらないのではないのではと思い始めると動きが止まった。正面からぶつかった砂の山を下りきったようだ。装甲車が転がっていた時間は思ったほど長くはなかった。
外れた金具がぶら下がり揺れて鋼鉄の壁を打つ音を立てたあとに、地面に落ちて金属音を一度強く響かせた。
一度強く目をつぶった後、目を開けると地面が右側に見えていた。車体は完全に横に倒れてしまっていたようだ。
じゃりじゃりと砂をたくさん喰ってしまい乾燥した口から無理矢理唾を吐き出し、右手左手右足左足を交互に動かして五体が無事なことを確かめてシートベルトを外すと、左の座席からドサリと地面に落とされた。
右肩を隣のシートに思い切りぶつけてしまい衝撃が走った。痛みを堪えて立ち上がり、横倒しになった車内を見回すと奥の座席の方まで砂で埋もれていた。
「みんな無事か」と声をかけようとしたが、砂でかすれてしまった。
咳き込んでいると、砂の中から手が出てきた。小さな手はセシリアのもののようだ。
慌てて砂を避けると思った通り彼女が出てきたので引っ張り上げると涙目になってしがみついてきた。その横の砂が盛り上がるとアニエスが出てきた。
エルメンガルトとベルカとストレルカはどこにいるのだろうかと見回すと後ろのドアが開けられており、そこにある砂に三人分の足跡があった。
どうやら放り出されたようではなく、自らの足で先に脱出しているようだ。




