白く遠い故郷への旅路 第二十三話
「さっきのがトンボにはだいぶダメージだったみたいだね。相当弱ってるな。大丈夫かな」
アニエスは、隣に座った俺をちらりと見たあと腕の中で眠っているセシリアに毛布を掛けた。また窓枠に肘を突いてしまい「そうですね」とだけ掌を口で押さえながら小さな声で答えた。
何やら話を続けたくないような反応だった。
「元気が無いね。酔っちゃったっぽいね」と話を終わらせようとすると「いえ」と言って窓の外を見つめたままになった。
それからしばらく黙った後、「イズミさん、この子、足が無いんです」と囁いた。
「さっき撃たれたときに落ちたんだろ? 可哀想にな」
窓から足の様子を覗おうとして、身体を前に傾けて窓枠に左手をかけてトンボの肢を見た。
撃たれたのは確か右後肢をだったはずだ。そこは思った通り関節が途中で切れてなくなっていた。
まだ血が止まっていないのか、切れた足の先の傷口には水分のせいで砂が纏わり付いて白くなり、さらにそこから緑青色をした滴がたれて風に靡いている。
時折その滴は後ろに飛んでいき空へと消えていった。
「いえ、それは右後ろ肢です。さっき気がついたのだけれど、左側も無いんですよ。この子、もしかしたら最初に私たちを持ち上げた子かもしれませんよ」
反対側の窓に移りアニエスの言った左後肢を見ると、そこの一本も短くなっていた。しかし、そちらからは血は出ている様子は無い。少し前の負傷ですでに治った後なのだろう。
最初、というのはユリナたちと共にエルメンガルトの家に向かったときだ。
装甲車何台かで隊列を組んで走っていた中で、セシリアの乗っていた車にだけトンボは大人しく止まっていた。
そのとき既にこのトンボはセシリアをビラ・ホラへと送り届けようとしていたのだろう。
俺たちはそれに気がつかず、攫われて食べられると思って彼らに攻撃をしてしまったのだ。
自らの義務を果たそうとしていただけで、攻撃されるいわれはなかったはず。
この子は生き残ったが、他の個体は腹を立てたユリナに全滅させられていた。
命からがら逃げ出せても、これから長い生涯は孤独なのか。随分可哀想なことをしてしまったものだ。
「なんだか、悪いことをしてしまいましたね。群れだったのに、もうこの子一匹しかいないのですよ。家族が少ないのに、もうこの子しかいないなんて」
「あのときは知らなかったんだ。君が気に病むことはないよ」




