白く遠い故郷への旅路 第二十一話
北公は慢性的に硝石が少ない。
北公が大量の硝石鉱床である白い山を見つけるのを阻止して、戦いを煽り火薬を湯水の如く使わせれば、やがて硝石は枯渇し商会に頼らざる得なくなる。それが商会の狙いだ。
そして、これは憶測の域を出ないが、北公は明らかに優勢であるにもかかわらずノルデンヴィズ南部戦線で停滞させていたのは、ビラ・ホラに到達して硝石を奪い取って準備を整えてから戦いを再会するつもりだったと考えられる。
「カルル閣下が南進を始めた。ということは今後すぐに北公は大量の硝石を必要となるハズだ。
北公が独自に硝石を手に入れるのを、商会は自らの商品を売るために阻止してきた。
さっきはレアたちだけだったが、北公にも直接攻撃に出るてくるはずだ。現地に着いて対峙することになるのは商会だけじゃないぞ。北公も間違いなく来る。三つ巴だ」
ベルカは肩を上げると「オレたちが行かなきゃ北公もたどり着けないないし、商会のちびっ子もブチ切れなねぇ。なんだかオレたちゃすっかりワルモンじゃねぇか」と笑った。
「じゃ行くのを止めるか?」
「冗談じゃねェよ」とベルカよりも先にストレルカが身を乗り出して来た。
チョウトンボのブローチを光らせると、
「ビラ・ホラはアタシらブルゼイ族の故郷だ。地元に帰って何が悪い。スヴェンニーにも商会にも荒らさせはしないよ。アタシらの手で守るんだ」
と拳を筋が浮くほど強く握り胸の高さまで振り上げた。
この二人は止まらない。俺自身も止まるつもりは全くない。
「俺たちは北公には硝石を奪わせない。商会にも邪魔をさせない。それでもビラ・ホラにはたどり着く。いいな?
誰かのため、なんて言葉は使うほどに上っ面だけになるが、今回は他でもないブルゼイ族のためだ」
俺はベルカとストレルカを交互に強く見つめた。二人か強い視線が返ってくると同時に力強く頷いた。
すると、横から笑い声が聞こえた。
「ひぇっひぇ、お熱いねぇ、若いのは。付いてきちまったばーさん置いてけぼりだよ。黙ってなけりゃあ、若さを吸い取っちまいそうだ」
エルメンガルトは歯の抜けた口を大きく開けてへっへっへと引きつったように高い声で笑っている。影は薄いがエルメンガルトもしっかりとついてきているのだ。
「先生は何でついて来たのか……、なんて聞くのは野暮ですね」
「お、わかってきたじゃないか、洟垂れ小僧」
白い歯、いや白いところは少ないしそもそも歯自体が少ないが、歯茎までむき出しにして目をつり上げて、さらに笑いを強めてきた。
今空を飛んでいるこのばーさんは魔女なのではないかと思ってしまった。
「ちんちくりんのどちゃクソガキだが、そういうとこは気に入っちまうよ。
私もビラ・ホラには連れてって貰わなきゃ死ねないよ。
この私が、ブルゼイ族史の権威であるこの私が、ビラ・ホラにたどり着かなかったなんて、後世の連中に権威だなんて名乗れないさ!」
エルメンガルトははっはっはと大きな笑い声を上げたあと、再び座席にもたれ掛かり腕を組むと、
「あぁ、なんだい? その故郷が何だとか、その辺の面倒なのは若いので解決しておくれ。
私は死ぬ前に現地につれてって貰って研究させて貰えれば他はどうでもいいんだよ。
まぁ原住民がいた方が話は出来そうだがなぁ。なんせ私はブルゼイ語は達者だからな」
と言うと安らぐように鼻息を吐き出して目をつぶった。
ベルカは両肩を上げて「このばーさん、冥府の川で溺れても死なねぇな、こりゃ」と仕方なそうに笑った。




