勇者(45)とその仲間 第一話
昼過ぎ。集合場所に来ないシバサキさん。
昨夜の路地裏の店で日本トークが盛り上がっていたが、シバサキさんが飲みすぎたとは思えない。
カミーユは集合場所から少し離れたところで壁にもたれかかり、いつリーダーが来るのかこちらの様子をうかがっている。時間にシビアという彼女は、表には出ないがイライラとしているのがわかるのでとても話しかけ辛いオーラをかもし出している。
「いやー、ごめんごめん。ちょっと色々ね」
それから数十分後に、ぼさぼさの頭をぼりぼり掻きながらすまなそうにシバサキさんは現れた。
レアは相変わらず笑顔でおはようございまーすと元気な挨拶をして、カミーユはきたのを確認すると、上を向いてふっと息をして無言で近づいてきた。
遅刻と言うより半日サボりは放っておいていいものではないはず。しかし、誰も何も言わず、咎めたり責めたりする様子もない。誰かが何か言うべき事柄なはずだ。
ではその誰かの一人の俺は彼に何か言えるのだろうか?
何も言えないのだ。俺にとっての初日にたまたま遅刻しただけかもしれない。そして何より彼は上司。
初日にして釈然としないこの状況に対して疑問を抱きながらも全員集合となった。
集まるのを確認するとシバサキさんはうんうんと頷いて、
「これから少し肩慣らしに出ないかい? イズミくんの実力を見たいんだけどさ」
と提案してきた。
きた、ついにきた。もうきた。実力を確かめるという、人を値踏みするやつ。
その最初の一回ですべてが決まってしまうことに思わずしかめた顔になってしまった。
たまたま体調が悪いとかで思うようにいかなかったり、たまたま調子が良くていつも以上の成果を見せてしまったりするとそれ以降はその結果がすべての基準となる。実力というのは一定であるという考え方がある。たとえば朝食でクロワッサンの味が毎日変わることを許せるだろうか。
もし仮に最初の評価が会心の出来だと、次回以降はそれができて当然だととらえられる。つまり減点方式だ。では最初の評価だけ悪くてそれ以降が普通ならいいじゃないか、とそういうわけではない。最初からベンチ入りとなり評価を得る機会すら与えられなくなるかもしれない。あまつさえクビもありうる。
「なに、まぁ最初はできなくて当然だよ。まだ始めたばっかりなんだし」
苦々しい表情を見抜かれ慰められてしまった。
シバサキさんは前向きなことを言った。しかし、スタンスは『できて当然』だから嫌なのだ。だがそうも言っていられない。何が何でもレアに金を返さねばならない。
「はぁ、構いませんよ」
嫌だな。失敗したらどうしよう。
心配を他所に、俺は意気揚々と職業会館へと向かい始めたシバサキさんの後を付いていった。
歩いて五分、職業会館に着くと早速依頼を選び始めた。
会館に入って右手にある依頼を張り付けてあるボードには、ところ狭しと紙が貼ってある。シバサキさんはぐるりと全体を見回すと、一枚の紙を指さした。
「これなんかどうだ?」
紙を俺の顔を交互に見ながら笑っている。俺は身を乗り出して、その依頼の紙を読んだ。
“ノルデンヴィズ西部の橋上に魔物が出現しています。魔物の個体数が全体的に減少した近年では珍しく、ゴブリンが集団で橋一帯を占拠しています。現時点で占拠されている橋は大きな橋ではなく、被害規模は目立っておりませんが、周辺農家からの苦情が相次いでいます。討伐の方をご依頼いたします。
人数、少数。報酬、応相談。期限、早期希望。各種保険、応相談。
☆どなたでも依頼を受けられます!☆
依頼完了後、職業会館にご報告いただければ現地スタッフが現場に伺い状況を確認でき次第、報酬をお渡しいたします”
ぱっと読んで、これは確かに簡単そうだ。
だが、読んでいて不安がある。どこか、投げやりに依頼して安く済ませようとしているのが文面から漂う。応相談、というのは一体いつ相談するのだろうか。依頼終了後なのだろうか。
だが、俺はこれまで正式な依頼を一度も受けたことが無い。かつての街道沿いは小遣い稼ぎのようなものだった。どのくらい強い魔物が出るとか、金銭感覚とか、正式な書類上での按配が実は何にもわからないのだ。それゆえその依頼の報酬が高いか安いかもわからない。ひょっとするとこの世界ではこういう物が基準なのかもしれないのだ。
もごもごと悩んでいても仕方が無い。まずは依頼を受けることに慣れている人たちの動きを見守ることにして「いいんじゃないですかね」と相手に委ねるような薄っぺらな返事をした。
しかし、横から見ていたレアが俺を押し退けるように一歩前に出ると、依頼の紙をボードから引き剥がした。目が左右に動かし内容を読んだ後、シバサキさんを見上げた。
「これはまだちょっとイズミさんには厳しいと思いますよ」
「そうかなぁ。イケない、かなぁ? え、でも狩りとかしていたんでしょ? イケるよね」
文面に対してにわかに抱いていた不安を、レアも同じく感じているのか、彼女も渋っている。しかし、レアを他所にシバサキさんは依頼を受ける気である。そして、やはり間違いなくシバサキさんは『できて当然』のスタンスのようだ。
「ミカチャンはどう?イケる」
それからシバサキさんはカミーユにも伺いを立てた。しかし、彼女は無表情での無視をした。視線が冷たいとかそういうものではなくて、ボードの遙か先に焦点を合わせて虚空を見つめているような視線だった。
虚空を見つめるカミーユの反応を見たシバサキさんは首を前に小さく突き出し「そっか、じゃいいのね」と、ん、ん、と小刻み頷いた。仲がいいやりとりとはおよそ思えないが、シバサキさんも慣れているようだ。そのやり取りを見る限り、おそらく彼女の無表情での無視は肯定に値するのだろう。
それとも、もはやないものだと思っているのか。はたまた何にも考えていないのか。
移動中、レアが小声で「イズミさん、地図は受け取りましたか?」と尋ねてきた。
それに頷くと、彼女は視線を前に向けた。
「人前で、特にシバサキさんの前で出してはいけませんよ。どんな地図でもガセであっても戦略的に超重要なものです。ましてやそれはわが商会が扱う地図のランクでフリッドスキャルフ、つまり最高位に値します。それを持っているのは上級の顧客である一部の大国の上層部と宗教関連特別機関だけです。誰もが欲しがりますからね」
「ちょっなんでそんな大事なモノ渡すんですか!? ほとんど初対面じゃないですか!」
「それはーですね、秘密です! なんかビビビと来たというか。そんなものですよー」
「それからお金の件も」
「なんで利子とかはつけないのか、ですか?それも、秘密です! 女の子の秘密はあんまりきいちゃダメですよ! ふふっ」
ひそひそと話している様子を横目で見ていたのかシバサキさんは突然怒り出した。
「ホラそこ。何ひそひそ話してるんだ! 秘密はダメだと言ってるじゃないか! いったい何を話していたんだ。正直にお父さんに話しなさい」
怒りの感情をあらわにしつつもどこか気持ちの悪い、ふざけているようなことを言い出したのだ。焦る間もなく横にいたレアはすかさず切り返した。
「泊っている宿のコーヒーがおいしいって話ですよー。今度みんなで飲みたいですねって! おいしいものをみんなに教えてくれるイズミさんはやさしいですよね! ごめんね! おにいちゃん!」
「まったく、ユッキー、僕は君のお兄ちゃんじゃないぞ。お父さんと言っているじゃないか。ははは」
屈託のない笑顔のレアに、おにいちゃんと呼ばれ鼻の下を伸ばすシバサキさん。
うまくごまかしてくれたが、やりとりが気持ち悪すぎる。その不愉快さたるやまるで脳内でぱちぱち音がするような感じだ。
どうすればレアは恥ずかしげもなく中年オヤジをおにいちゃんなどと呼べるのだろうか。やはりエリートは精神面も頑強で人を転がすのもうまいのか。
満足になったのかシバサキさんは再び意気揚々と前を歩き出した。
「あの、レアさん、紹介して貰って難ですが、このチームに不安を抱いています。大丈夫なんですか?」
「大丈夫ですよー! 私もカミーユもいるんですから!」
不安を口にすると、レアは即答した。カミーユはどの程度なのか、コミュニケーションをうまくとれていない現時点ではわからない。だが、レアは確かに心強い。冷徹で怖い印象のあるカミーユよりも、彼女に頼りたい。レアの心強い即答には、根拠は無いが何とかなるのだろう、と少しだけ不安が解消された様な気がした。
鼻からため息をしていると、レアはさらに続けた。
「それから、レアと呼び捨てで構いませんよ。シバサキさんの前ではユッキーがいいかもしれないですけど」
「そういえば、なんでユッキーて呼ばれているんですか?」
「シバサキさんなりのコミュニケーションだと思いますよ。昔いませんでしたか? 自称あだ名付けるのうまい人」
「ああー、いましたね。そういう人って自分がつけたあだ名を使わないと不機嫌になるんですよね。でも、そう言うってことはレアさん、レアもどこかで変な感じはしているんですね」
「ふふふ、まだなれませんね。確かにあのあだ名はとても変な感じはします。でもそれで彼が楽しいならそれでいいじゃないですか」
カミーユは一言も言葉を発しなかった。
ただ、横目でちらちらと様子をうかがっているようだった。