マリナ・ジャーナル、ザ・ルーアによる共同取材 その1
《2020/11/18追記》
最終話までの具体的なめどが立ちましたので、物語の冒頭を変更させていただきました。
めどはたちましたが、物語はまだまだまだまだ続きます。
よろしくおねがいいたします。
「こんにちは、イズミさん。私はマリナ・ジャーナルのカリナ・デラクルスと申します」
「ああ、どうも。ミス・デラクルス。イズミと申します」
待機していたソファから立ち上がり、目の前にいた女性と握手を交わした。イスペイネ系の褐色肌で、髪は黒く短く整えられている。フリルのついたブラウスの上に、光沢のあるグレーのパンツスーツを着て、胸元はかなり開いていて鎖骨まで見えている。息をしたり話したりすると、微かに首筋に胸鎖乳突筋が浮かび上がるのだ。しかし、フリルのおかげであまり目立つことは無くむしろ優雅さを漂わせていた。
突然世界が一瞬白く飛んだ。
それに驚き思わず目をつぶってしまった。ガラス乾板写真での撮影があることを忘れてしまっていたのだ。翌日の朝刊にフラッシュバルブの閃光で半開きになった目のまぬけた笑顔の写真が載るのだろうか。そわそわとカメラマンの方を見たが、何事も無かったように遮光板を入れてホルダーを取り出していた。
そして、傍にメイク道具を持った女性が腰を低くしてやってくると、何かふわふわした化粧道具で顔を軽く払った。まさかまだ撮影はあるのだろうか。くすぐったさにくしゃみを堪え、首を小刻みに揺らして目を細めてしまった。
「私は既婚者ですよ」
「おっと、これは失礼。ミセス・デラクルス。美しいと言われるイスペイネ系の女性の中でもことさら美しいお方ですから、皆も放っては置かないでしょうね」
「あら、お上手ですこと、ふふふ。あなたも三十一歳にしては若々しさがありますね」
握手と撮影が終わると、彼女は向かいの椅子に足をくの字に曲げ、つま先をこちらに向けるようにして上品に座った。
「今日はインタビューに応じていただき、ありがとうございます。共和国の新聞社のザ・ルーアとの共同インタビューということですが」
デラクルスがそう言うと、背後にいた別の記者のほうに視線を送った。すると、視線の先にいたダブルボタンの紺色スーツの男が小首をかしげて微笑んだ。ザ・ルーアの記者のようだ。そしてデラクルスが再びこちらへ向き直ると、「心意気のほどはいかがですか?」と笑顔で尋ねてきた。
「心意気って、ははは。ご希望に添えるように頑張ります」
「本日は私たちマリナ・ジャーナルの担当ですので、よろしくおねがいいたします」
それから再び写真が撮られた。九〇度に並べられたソファに腰掛けて話をしている風な写真だった。
友国学術連合のリゾート地カルモナにあるホテル、フェニックス・カルミナント・ラグは昨今の近代化による建築物高層化の波を受けず縦には低い分、横にはとても広い作りになっているのだ。元はトバイアス・ザカライア商会系列のホテルだったが、様々な経緯を経て今はユニオンの公務員の保養施設となっている。
だがその広さ故に、休憩中に行ったトイレからの帰りに迷子になってしまった。インタビューの行われている多目的室がどこかわからずにうろうろしていると、戻りが遅いことを気にかけてくれたのかデラクルスが廊下の遙か向こうのドアからひょっこり顔を出してくれた。彼女は目が合うと笑顔でこちらですと誘導してくれた。そして、多目的室につくなり早速インタビューが再開された。
「まず、先の戦争で活躍されたと大統領の方から伺っておりますが、一体どのようなことをされたのですか?」
ソファにかけるやいなや、デラクルスは質問を投げかけてきた。
「活躍、ですか。ユニオンに対して何か貢献出来たかとは思いませんよ」
「戦争が本格化するよりも前に前大統領が、いえ、当時は旧体制でしたので、エスパシオ大頭目から開翼信天翁十二剣付き勲章を与えられたのはあなたですよね。それも、第二スヴェリア公民連邦国、通称北公とルスラニア王国が民族紛争を解決し共同体であるシーヴェルニ・ソージヴァルを形成するよりもさらに以前のことです。あまり公にされませんでしたけど、それにも関わりがあると伺っておりますが?」
「そうでしょうね。関わったといえばそうですね。確かに、当時はあちこち旅をしていましたし、時期も時期でしたから」
俺の的を射ないような回答にデラクルスは眉を上げた。ペンを止め、口をへの字に曲げて黙っている。
しかし、気を取り直したように上体を前に出すと、続けて質問を投げかけてきた。
「ザ・ルーアの方と共同になったというのも、共和国現政権との関係性や皇帝と王朝、および帝政思想についてはどう思われるか、その真意を伺いに来たのです。それからマルタン芸術広場事件の最中に狙撃された謎の人物である右手が鉄の男もあなたではないかという噂がありますが」
「もちろん繋がりはありますよ。ですが、それについては後日ザ・ルーアの方が聞くべき質問だと思いますよ」
俺は右掌を見つめて、確かめるように開いては閉じた。緊張しているので皺と皺の間にはあふれ出た汗が光っている。
右手が鉄の男、つまり右手が義手の男だ。そのままではないか。汗をかいた掌を前に出し、デラクルスに見せびらかすようにした。
彼女は再び沈黙し鉄製ではない右掌と顔を交互に見ると、少し苛ついたような顔になった。
「……その、具体的にお話をお伺いすることは出来ないのでしょうか?」
「具体的に、ですか。一つずつ追っていきましょう。そうですね。まず、じゃあ勲章についてお話ししましょうか。あの勲章は返してしまってもいいのではないかと実は思って……」
話の途中だが、デラクルスはカタカタと落ち着きなくペンを置くと、録音をしていた音声魔石を止めた。そして、背筋を正すと、
「それはユニオンに対して貢献を全くしていないと言うことでよろしいのでしょうか?」
と慌てた様子で尋ねてきた。
「全く貢献していないかと言われると、それは少し悲しいですが、勲章を貰うほどの活躍かどうかは何も言えませんね。それに勲章を貰った経緯について戦争は関係ありませんからね。勲章は戦場で的確な指揮を執った者や逆境を覆した者といった優秀なユニオン軍人たちに捧げるべきだと思います」
「……そうですか。自らの業績では受け取るに値しないと言うことですか。申し上げにくいのですが、ユニオンだけでなく、共和国の一部市民からも偽の英雄だなんて声も上がっているのはご存じですか? やはりそれも仕方が無いとご自身でも思われますか?」
デラクルスは顎を下げると低い声でそう言った。真っ直ぐこちらを見ている彼女の瞳がときどき左右に動いている。
やれやれ困ったな。あまり余計なことを言いたくないのだ。口をつぐんで、んん、と情けなく息を漏らしてしまった。
女神、時空系魔法、賢者という廃れた文化の呼び名。近代化が進んだ今の時点で思い出すとまるで夢物語のようなのだ。全ては俺が実際に経験してきたことであるので間違いは無い。しかし、思い返せばそれらはあまりにも非現実的なのだ。
「そういえば、あなたはルスラニアの王家との繋がりもあるそうですね」
デラクルスはそう言うとポケットから一枚の写真を取り出し、人差し指と親指で摘まんで見せてきた。
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